さよなら、ブルートレイン | Ever Tennis

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テニスジャーナリスト(ITWA国際テニスライター)
神 仁司(こう ひとし)のブログです。

 2015年春のJRダイヤ改正で、
ブルートレイン「北斗星」の定期運行から外れることになりましたが、
3月13日、上野発の最終列車がついに出発しました。

人生初のラストトレイン撮影に行ってきました。

上野駅の13番線は、人、ひと、ヒト、でした。
でも、何とかいいポジションをゲットして撮影できました。

正直に言うと、
「北斗星」には、一度も乗車したことはないので、
あまり愛着はないのですが、
最後のブルートレインとなると、話は違います。


ブルートレイン――。
青い流れ星といわれた寝台特急です。

かつては、
東京や上野から、たくさんのブルートレインは発着していました。

子供時代からあこがれの列車が、ブルートレインでした。

父の故郷が、大分県の別府だったのですが、
そこへ行くのに利用したのが、寝台特急「富士」でした。
何回か利用しましたが、別府まで、「富士」で移動することが、
旅の醍醐味というか、楽しかったですね。

寝台特急の窓に流れる深夜の街並みは、
一気に、旅人を非日常へいざないます。

移動する楽しさにおいて、ブルートレインより勝るものはないと、
個人的には思っています。

レールのつなぎ目と車輪が奏でる音を聞きながら、
ベッドに横なって、読書するのが、何ともぜいたいな時間でした。


また、
青い機関車と客車が、とてもかっこよかった。
情緒を引き立ててくれるたんですよね。


そんな子供時代からのあこがれの列車「富士」は、
2009年3月に廃止されました。
ラストランは、海外取材中だったので、見に行けませんでした。



さらに、
6年が経過して、
「北斗星」をもって、
ついに、ブルートレインの終焉を迎えました。

時代の流れとはいえ、
やはり寂しいですね。

かつて”動くホテル”といわれたブルーの車体は、
さすがに老朽化して、傷んでいましたね。

国鉄から、分割民営化されたJRになってからは、
他社をまたぐブルートレインは、どこかお荷物扱いされてましたね。

たしかに、
新幹線は、速くて便利で、とくにビジネスではいいけど、
旅の移動の選択肢としては、
ブルートレインを残して行ってほしかったですね。



無くなってしまうのは、
非常に残念だけど、
共に過ごせた時間があったのはよかったです。
自分の思い出の中では、
ずっとブルートレインは、走り続けています。