幸せは私の中に そしてあなたの中に。 -20ページ目

幸せは私の中に そしてあなたの中に。

克服出来ない病は世の中に沢山ある。自分も数々の克服出来ない心の病と身体の病に罹患している。他人の痛み知る努力をし、思い遣りの心で知り応援したい。努力によって人は誰しも大きな失敗でも取り戻せる。努力によって人は誰しも生きる尊厳を取り戻す事ができる。

 

 

 

 

 

 

※BGMでも聴きながらお読み下さい。

 

 

大切なもの 【AI】

 

 

 

 

 

 

 

  国際法と自衛権

 

 

 

 

 

国際法は、国と国の関係を規定する法律の体系です。国際法

 

 

は、国家主権、国境、外交関係、紛争解決など、国家間のさ

 

 

まざまな側面に関連する規範を含んでいます。

 

 

国際法の目的は、国際社会において秩序を維持し、国家間の

 

 

紛争を回避または解決するための基準を提供することです。

 

 

一方、自衛権は国際法において国家が自身を守るために使用

 

 

できる合法的な権利です。

 

 

国際連合憲章第51条によれば、「武力攻撃が加えられた場

 

 

合」には、「個別または集団的な自衛権」が認められていま

 

 

す。

 

 

つまり、国が武力攻撃を受けた場合、その国は自衛のために

 

 

武力行使を行うことが国際法的に認められています。

 

 

ただし、自衛権にはいくつかの制約があります。

 

 

国際法においては、自衛行動は適切・必要な範囲内で行われ

 

 

なければならないとされています。

 

 

即ち、自衛行動は攻撃の性質と範囲に比例しなければならず

 

 

極力民間人や非関戦員への損害を最小限に抑える必要があり

 

 

ます。

 

 

また、集団的自衛権という概念もあります。

 

 

これは、国際連合憲章の下で国際連合安全保障理事会の決議

 

 

に基づいて複数の国が共同して自衛行動を取ることを認める

 

 

ものです。

 

 

国際法と自衛権の関係は、国際政治や安全保障において重要

 

 

な問題であり、その運用は国際社会の安定と平和に影響を与

 

 

える要因の一つです。

 

 

 

 

 

 

 

  連合国によって押し付けられた日本国憲法と国際法

 

 

 

 

 

連合国(GHQ)による徹底的な"War Guild Information"

 

 

により日本人は文化財や殆どの言語以外は全て奪われ、教育

 

 

現場においても、オールドメディアにおいても手の平返しで

 

 

幼い子供から大人まで自虐史感を植え付けられ、二度とアン

 

 

グロサクソン同盟には逆らえない黄色人種の日本人という事

 

 

になった。

 

 

吉田茂は安倍総理と同じ様に「国葬」に賦された訳ですが、

 

 

何故、日本が主権を回復したサンフランシスコ講和条約後に

 

 

「連合国から押し付けられた憲法は破棄する」とし自主憲法

 

 

制定をしなかったのか?

 

 

批判や色々な意見はあるだろうが、僕は憲法改正に関しては

 

 

あの時こそ最高のチャンスだったのではないかと思う。

 

 

吉田総理、政府、国会議員の誰からも、あの醜い前文の憲法

 

 

を破棄し自主憲法を制定しようという言葉が主権回復後直ぐ

 

 

に出なかった事が残念でならないし、自主憲法制定を党是と

 

 

して当時の「自由党」と「民主党」が「自由民主党」になっ

 

 

て幾度も自主憲法改正のチャンスがあったのに、やらず、今

 

 

の自由民主党の体たらくは情けないとしか形容出来ない。

 

 

本来、保守政党で結党した筈の自由民主党は今や左派の巣窟

 

 

に成り下がり、だからといって今の日本に国政を安心して任

 

 

せる事が出来る政党が無い事が現代日本の悲劇だと思う。

 

 

 

 

 

連合国が日本国政府に押し付けた日本国憲法は、日本が第二

 

 

次世界大戦後の占領下にあった1947年に制定されました。

 

 

この憲法は日本の平和主義や民主主義の基盤を築くために設

 

 

計され、連合国の占領政策の一環として導入されました。

 

 

以下に、その過程と国際法的な側面について説明します。

 

 

 

 

過程:

 

  1. ポツダム宣言: 1945年の第二次世界大戦終結後、連合国(アメリカ、イギリス、ソビエト連邦、中国)は日本に対してポツダム宣言を発表しました。この宣言は、日本が無条件降伏し、軍事的な侵略行為を中止し、民主主義的な制度を導入するよう要求していました。

  2. 連合国占領政策: 日本は降伏後、連合国による占領下に置かれました。アメリカを中心とする連合国は、日本を民主主義国家に再建するための政策を推進しました。

  3. 憲法制定: 連合国の指導のもと、日本は新しい憲法を制定する必要がありました。1946年から1947年にかけて、日本国憲法草案が起草され、議論されました。連合国占領軍(GHQ)の指導のもとで、日本の政治家や法律家が協力して憲法草案が完成しました。

 
 
 
 
 

国際法的な側面: 

 

 

連合国が日本に対して憲法を押し付ける過程は、一般的には

 

 

「間接統治」や「占領統治」として知られています。

 

 

これにはいくつかの国際法的な側面が関与しています。

 

 

 

  1. ハーグ陸戦条約: 連合国の占領政策は、国際法の中でもハーグ陸戦条約に基づいて行われました。この条約は、占領下にある国に対して占領軍が一時的な統治を行う際の基本的な原則を規定しています。

  2. 国際連合憲章: 連合国占領政策は、国際連合憲章の原則に基づいて行われました。国際連合は平和と安全、国際協力、国家主権の尊重などを促進することを目的としており、これらの原則は日本の新しい憲法にも反映されました。

  3. 日本国主権回復: 日本は1951年にサンフランシスコ平和条約を締結し、主権を回復しました。これにより、日本は独自の憲法制定権を取り戻しましたが、基本的な原則や価値観は日本国憲法に引き続き反映されています。

 
 
 

したがって、連合国による日本国憲法の制定過程は、国際法

 

 

の枠組みと連動して行われ、日本の平和主義と民主主義の基

 

 

盤を築く重要な一環となりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

May be the best year of my life.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※BGMでも聴きながらお読み下さい。

 

 

ゆず「栄光の架橋」

 

 

 

 

 

 

「努力は必ず報われる」

 

 

 

 

僕の大嫌いな言葉の1つです。

 

 

幾ら努力して生活の最低限、例えば食事、排泄、学生なら、

 

 

勉強以外の全てを、その目標とか夢に向けて努力し、成功を

 

 

収める人も居るだろうし夢を叶える人も居る。

 

 

しかし、僕に言わせれば、そういう人は100%の人の内、

 

 

何パーセントだろうか?

 

 

多くの方は、全てを夢の実現に向けて全てを捧げ、血の滲む

 

 

様な努力をし、多くの人が、いい加減に、将来の事も楽観的

 

 

に考えて生きているのに、そういうお調子者が夢でも無く、

 

 

「何となく」で手に入れたりする。

 

 

僕は、これまで幾度も挫折をあじわった。

 

 

悔しくて、酒に逃げた事もあったし、無駄な喧嘩もした。

 

 

しかし、僕が「挫折」と感じるのは、その夢の為に甘いか

 

 

しれないけど食・排泄以外の全てを捨て血の滲む様な努力

 

 

をしたからだ。

 

 

僕に限らず、そういう方は多いでしょう。

 

 

僕の大嫌いな言葉。

 

 

「努力は必ず報われる」

 

 

確かに、その努力は他の事では役に立つ事があるだろうし、

 

 

全く無駄では無い事は知っている。

 

 

しかし、その努力は、他の事で役立てる為に持った夢では無

 

 

い。

 

 

幾ら努力しても、どうにもならない事もある。

 

 

でも、出来る出来ない、成る成らないは別にしてでも、人は

 

 

努力を続けるしか無いのだろうと思う。

 

 

綺麗事を言いたい人は「努力が足りなかった。努力の仕方が

 

 

間違っていた」等々、様々な言い方で僕の話を否定するだろ

 

 

う。

 

 

しかし、僕は、その時、出来る事を全て行い、全てを掛けて

 

 

頑張ったと自信を持って言える。

 

 

僕の場合、例えば100ある夢の内の80は叶ったのかもし

 

 

れないと自分では思っている。

 

 

8/10、80%叶ったのだから良いじゃないか、100%

 

 

叶う人は居ないうのが世間一般の意見だろう。

 

 

しかし、夢に無駄な事は無いし、どうしても自分が

 

 

成したいと考えた夢だ。

 

 

99%夢が叶っても、叶わなかった1%が実は一番大事な夢

 

 

だったりする。

 

 

世の中では、大した夢も無く、ただ、その時の流れで入れる

 

 

学校に入り、一番条件が良く知名度の高い会社に入り、何と

 

 

なく恋愛し何となく交際し何となく結婚し何となく事も出来

 

 

何となく家族になって、昔、抱いた夢の事など、とうに忘

 

 

れ、それなりに会社で出世し、腹が出っ張った、娘が居たら

 

 

将来「ウザい」とか「パパと同じ洗濯はしないでとか言われ

 

 

る。

 

 

娘から、息子から尊敬され、将来、親父の様になりたいと思

 

 

って貰える父親が幾程、いるだろうか?

 

 

子供に尊敬もして貰えず、「親父の様にはなりたくない」と

 

 

言われる事が多い現代で、高校生~大学生の子を持つ父親は

 

 

何を思うか?

 

 

僕が考える、尊敬される親は、会社で出世し多くの給与を得

 

 

れていて妻子に何の苦労もさせない人だろうか?

 

 

少なくも子供達と話す時、自分には身の丈よりも大きな夢が

 

 

あり、それを叶える為に自分は、どれだけ頑張り、血の滲む

 

 

様な努力をし、力の限り生きた事を子供に胸を張って語れる

 

 

親の方が尊敬される様な気がする。

 

 

そして、子供達の夢を叶えるには親の脛をかじったり、七光

 

 

りに頼る事では無い事。

 

 

自分が自分だけとは言わない、所詮、人は一人じゃ生きてい

 

 

けないんだし、誰かの助けや助言を得るのは当然の事だ。

 

 

しかし、無理難題から逃げ出さず闘い得た事であるという事

 

 

が誇りになるし、子供へ伝えられる事だ。

 

 

大事なのは「無駄な努力は反吐を吐く程、多い

 

 

し無駄だと判ってても諦めない心だ」

 

 

「努力すれば夢は必ず叶う」は単なる綺麗事だ。

 

 

無駄になる努力の方が90%だろう。

 

 

そう考えれば努力の数は増えていく。

 

 

10の成功の為に・・・。

 

 

しかし、知ってて欲しい。

 

 

現実は自分が考える以上に強大で一人で立ち向か

 

 

う自爆テロの様なものだ。

 

 

だから、このブログでも何度も書いているけど、人間関係と

 

 

師匠を持つ事。

 

 

人脈は、今、偉い実力者。

 

 

そして、自分と同じ世代で同じ世界情勢や、国内情勢、政治

 

 

の中で生きて来た世代。

 

 

そして重要なのは同じ世代の人と年下の人は将来、自分が困

 

 

っている時に助けて貰え、自分も助けになり人間関係を継続

 

 

する事。

 

 

そして、今、偉い人は、正に現在進行形で自分を助けてくれ

 

 

る人。

 

 

そういう人と人間関係を築く為に複数の様々な分野の師匠を

 

 

必ず得る事だ。

 

 

方法は自分で考えろ。

 

 

世の中、そんなに甘くない。

 

 

幾らAIだの量子コンピューターだろうと動かすのは人間で

 

 

あり、所詮は全てが人の繋がりだと僕は思う。

 

 

それをおざなりにする人は一時期は、もてはやされても必ず

 

 

自滅する。

 

 

多くの人と出逢い取捨選択し、大事な人間関係を構築する。

 

 

人は、間違う。

 

 

それがどうした?

 

 

AIにも量子コンピューターには「恥」という概念が無い。

 

 

失敗したという概念も無い。

 

 

やはり、全ては「人」だという事を子々孫々まで伝えていき

 

 

たいと僕は思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

May be the best year of my life.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※BGMでも聴きながらお読み下さい。

 

 

長渕剛/西新宿の親父の唄

 

 

 

 

 

 

 

全世界の世の中では金持ちを勝者と呼び僕の様な貧乏人は負

 

 

け組と呼ばれる事が多い。

 

 

しかし、負け犬の遠吠えと捉えられても良いが一言、自分の

 

 

念を書きたいと思う。

 

 

世の中というか人間として大事なのは、人を蹴散らしたり貶

 

 

たりして金持ちになった者に比べたら必死に努力して負け

 

 

た方が尊いという事だ。

 

 

しかし、世の中には必死に努力して考えて悩んで失敗して、

 

 

り直して成功者になったという方々も多くいらっしゃり、

 

 

そうい方々は尊敬に値すると僕は思う。

 

 

そういう方は、きっと成功者になっても自分の経験が体験が

 

 

あり弱者に対しても容で、それが共に働く人々、つまり

 

 

業員に対しての福利厚生を行い、従業員と、その家族が幸せ

 

 

に暮らせる様に考えてくれると思う。

 

 

世界の人口に占める経営者の割合は、その元で働く労働者の

 

 

人口の数十万の一か数億分の一かもしれない。

 

 

そして、その労働者階級の中でも自分が働いている環境の中

 

 

でスキルを磨き努力し勉強し独立して自分が経営者になり成

 

 

を納めた者もいる。

 

 

僕は、ある地方公務員の仕事に長年就いて、勉強し努力した。

 

 

同僚が上司の悪口を言いながら酒を飲んでいる時間に僕は勉

 

 

強しスキルを磨き他の部署の事も学び階級社会の中で上を目

 

 

指しました。

 

 

そして努力は実り、僕の様な学歴では中々、困難と言われて

 

 

た階級まで運も大いにあるけど上り詰められた。

 

 

しかし、それは自分独りの努力では不可能で上司の推薦も必

 

 

要だし都の組織内の審査もあった。

 

 

だから若い時に出会った自分が師匠と考えていた方の忠告と

 

 

うか教えに従い、人間関係を重視し、それは今、上にいる

 

 

人、今同じ地点にいる人、そして僕と同年代の関係省庁の人

 

 

そして来、偉くなる筈の目下の人間とも交流を深める事も

 

 

重視していました。

 

 

同年代や年下のキャリア組でも、将来は偉くなり階級も上が

 

 

を持つ人達だし学べる事も多いし、将来、自分が困った

 

 

時に助けてくれるかもしれないし、その逆もあります。

 

 

それは相互に助け合うという関係であり、単に冷たい機械的

 

 

繋がりでは無く公私共に信頼し尊敬し合い付き合える人間

 

 

関係でした。

 

 

その中には当時の僕なんかが近付く事すら出来る筈の無い人

 

 

も師匠の紹介で人間関係を作り上げさせて頂いた方もいた。

 

 

師匠のメンツを潰す事は出来ないという考えもあり、そして

 

 

何よりも自分の為に、僕は常に誠実でいようと思っていた。

 

 

そうじゃないと人間関係なんて簡単に崩れる。

 

 

これも師匠の教えだ。

 

 

そして僕は歳を重ね、周りの上司、先輩、同僚、仲間、別の

 

 

省庁の同年代の友人、知人、後輩も同じ様に歳を重ね、僕も

 

 

努力し勉強し実績も上げて、それなりの地位に就いていたけ

 

 

ど、その上に更に行くには色々な方々の助けがありました。

 

 

そういう時、僕が自堕落な人間で何の努力もせず勉強も

 

 

せず自分を磨き、実績も無ければ友人や仲間が僕を助けよう

 

 

は思わなかっただろうと思う。

 

 

僕も救ってくれとは言えなかっただろう。

 

 

実際は「助けてくれ」とは誰にも頼んではいなかった。

 

 

しかし、上司、友人や知人、仲間は僕が頼まなくても、僕

 

 

は懲戒処分を覚悟してたのに正しい行動をしてた事が証明さ

 

 

れた事でその責任を、ある部署の上の人に責任を問い、逆に

 

 

上に上げのが報いる事だろうと無理矢理にかもしれないけ

 

 

推挙してくれて、1部署内400名の中の13人の一人に

 

 

なれた。

 

 

全職員と考えたら0.02%しかなれないという奇跡的な立

 

 

場でした。

 

 

その時までの僕は組織の中で努力し勉強し実績を挙げ人に恵

 

 

まれて助けられた成れた成功者だったかもしれない。

 

 

しかし人生には思わぬ落とし穴や大きな壁、人間だから逃げ

 

 

れない身体の不調で成功から奈落の底まで落ちる事もある

 

 

や、一番信頼出来る筈の家族に裏切られ奈落の底に落とさ

 

 

て人生を180度悪い方向に向けさせられる事もあるとい

 

 

う悲もあじわった。

 

 

そして、有り得ない事だと思ってたけど家族にさえ裏切られ

 

 

ば家族にも恨みを抱く事があるという事も知った。

 

 

家族の裏切りというか策略によって落とされた奈落の底の僕

 

 

不幸は底なし沼だと家内と出逢うまで思っていました。

 

 

「今がどん底だ」と考え、もがいていても次から次へと僕を

 

 

病魔が次から次へ襲い、一度は生死の境を彷徨い、現代の

 

 

学では説明出来ないとドクターが言った蘇生を果たしたけど

 

 

別に、それで幸せになれた訳では無いと思ってし、ただ親よ

 

 

りも先に逝くという親不幸だけは避けられた位にしか思って

 

 

無かったし幸せどころか、むしろその逆でした。

 

 

向こうの世界で親子3人で居たかった。

 

 

人生設計を滅茶苦茶にされて絶望し、その後も悪い事ばかり

 

 

続き終わりが見えずだったから、あのまま向こうの世界で

 

 

既に他界してた人達と共に居たかったというのが当時の僕の

 

 

心境でした。

 

 

そして今、僕は精神障碍者1級、身体障碍1種2級そして要

 

 

護4級の心身障碍者になったけど残りの人生を諦めてはい

 

 

い。

 

 

障碍者に仕事を与えるNPOをケアマネさんから紹介して貰

 

 

い、一度、見学には行きましたが、実際に僕でもる仕事

 

 

があるか相談したいと考えていましたが、そのNPOに残念

 

 

ながら僕に出来る仕事は残念ながら無かった。

 

 

現在働けずにいる僕だからこそ常に周囲で僕に関わってくれ

 

 

人々や家族に対しての感謝を忘れずにいたいと思うし、僕

 

 

出来る仕事を諦めず探し続け健常者の様な仕事は出来ない

 

 

ど頼られる存在になりたいと思うし

 

 

 

 

「一生懸命頑張る負け組」

 

 

 

 

でも十分良いと思う。

 

 

自分に出来る仕事を見つけ採用されたら精一杯働き、周囲の

 

 

に頼り頼られ、信じ信じられ社員同士、社員と雇用主や上

 

 

司との信頼関係を築き認め認められる様になれたなら、昔の

 

 

様に良い仕事が出来ると思うし、必ず、そうしたい。

 

 

一番は自分の為、そして何より家族の為に。

 

 

痛みにも耐えて工夫をして「精一杯」をしよう。

 

 

そう決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
 
 
 
May be the best year of my life.