※BGMでも聴きながらお読みください。
絢香 - 三日月
「病と共に生きる」という言葉の重みは、いくつもの病を抱え
たとき、より現実的なものとして胸に迫ってくる。
後縦靭帯骨化症、黄色靱帯骨化症、狭心症、そして腹部動脈瘤。
それぞれが単独でも大きな影響を持つ病でありながら、それ
が重なり合うことで、日々の生活は決して平坦ではなくなる。
後縦靭帯骨化症と黄色靱帯骨化症。
脊髄や神経を圧迫し、しびれや麻痺、思うように動かない身体。
術後であっても、すべてが元通りになるわけではなく、症状が
残ることも少なくない。
「回復した」というよりも、「これ以上悪くならないように保つ」
という感覚に近いのかもしれない。
狭心症は、術後や治療を経てもなお、完全に不安が消えること
はない。
胸の違和感や圧迫感があるたびに、心は揺れる。
「また発作が起きるのではないか」という恐怖は、日常の中に
静かに居座り続ける。
そして腹部動脈瘤。
手術を終えたとしても、それで全てが終わるわけではない。
定期的な検査、再発や別の血管への影響への不安。
身体の中に「見えないリスク」を抱え続ける感覚は、言葉にしに
くい重さがある。
術後の予後とは、「元に戻ること」ではなく、
「新しい状態で生きていくこと」なのだと、私は感じている。
では、その中でどう共生していくのか。
まず大切なのは、「期待を現実に合わせること」。
以前の自分と同じように動けると考えると、必ず苦しさが生ま
れる。
今の身体でできること、その範囲を受け入れることが、無理の
ない生活につながる。
次に、「体の声を最優先にすること」。
少しの違和感を見逃さない。
疲れたら休む、無理をしない。
それは怠けではなく、「生き続けるための選択」だ。
そして、「不安との付き合い方」。
病がある以上、不安は消えない。
むしろ、消そうとすればするほど大きくなる。
だから私は、不安を「敵」にするのではなく、「知らせ」として受
け止めるようにしている。
不安があるからこそ、無理をしない。
不安があるからこそ、今を大切にする。
さらに、「人との関わり」。
外に出ることが難しくても、完全に孤立する必要はない。
家族との時間、医療者との会話、あるいはこうして言葉を残す
こと。
それも立派な「社会とのつながり」だと思う。
術後の身体は、決して完全ではない。
むしろ「制限のある身体」だ。
けれど、その中にも確かに「生」がある。
朝、目が覚めること。
穏やかな時間が流れること。
痛みが少しでも軽い日があること。
それらは、決して当たり前ではなく、かけがえのないものだ。
私は思う。
共生とは、「戦い続けること」ではなく、
「折り合いをつけながら歩むこと」なのではないかと。
病を無理に乗り越えようとするのではなく、
病と共に、自分のペースで生きていく。
ゆっくりでもいい。
立ち止まってもいい。
それでも、自分の命と向き合いながら、一日一日を重ねていく。
それが、術後の予後を生きる私にとっての、
一つの答えなのだと思う。
May be the best year of my life.





















