※BGMでも聴きながらお読み下さい。
シグナル 『20歳のめぐり逢い』
昨日は、弟が来てくれた。
いつものように、畑仕事をするためである。
僕が今の身体で出来ることには、どうしても限界がある。
畑仕事を手伝おうと思っても、身体中が痛い。
思うように身体を動かすことも出来ない。
そんな僕が畑に出れば、弟の手助けになるどころか、かえっ
て足手まといになってしまう。
だから、僕に出来ることは本当に少ない。
弟が毎週のように食べているインスタントラーメンを作って
あげる。
せいぜい、それくらいだ。
でも、それでもいいと思っている。
弟が畑で汗を流している間、僕は家の中でラーメンを作る。
「いつも畑仕事をしてくれてありがとう」
そんな気持ちを込めて作る。
インスタントラーメンだから、たいした料理ではない。
それでも、何もしないよりはいい。
弟が来てくれることは、僕にとって本当にありがたいこと
なのだ。
今の僕には、弟のように身体を使って畑仕事をすることは
出来ない。
昔だったら、もう少し何か出来たのかもしれない。
けれど、今は違う。
身体中が痛い。
そして最近は、狭心症の軽い発作も何度か起きている。
発作が起きると、僕は処方されているミオコールスプレー
を舌の下に噴霧して、少し安静にする。
その間は、何かをするどころではない。
身体を休ませるしかない。
以前なら主治医との約束で必ずERに救急搬送して貰ってい
ました。
ところが――。
なぜか、そういう時に限って母が部屋まで来る。
「これをやってほしい」
「これをして」
と、自分の用事を僕に頼んでくる。
母には悪気はないのだと思う。
いつも僕が母のことをやっているから、頼めば僕がやって
くれると思っているのだろう。
だから僕も、つい普段通りに動こうとしてしまう。
でも、発作が起きている時だけは、さすがに無理だ。
「今、発作が起きているから、すぐには無理だよ」
そう言うと、母は少し黙る。
その沈黙の中に、母なりの心配があるのだと思う。
たぶん母も、「大丈夫なの?」と思っているのだろう。
でも、僕は少し休めば、結局また母のところへ行く。
自分の身体が痛くても、発作が少し落ち着けば、母の用事を
済ませる。
これが今の僕の日常なのだ。
母のことをやらなければならない。
弟は畑仕事をしてくれている。
そして僕は、家の中で出来ることをする。
それぞれが、それぞれの立場でやれることをやっている。
ただ、時々思う。
僕はいつまで、こういう生活を続けられるのだろうか、と。
身体は以前のようには動かない。
病院にも通っている。
薬も飲んでいる。
そして狭心症の発作まで起きる。
そんな時、どうしても「自分の人生」というものを考えて
しまう。
僕ももう、若くはない。
「何が何でも長生きしたい」という年齢でもない。
もちろん、生きることを諦めているわけではない。
今日もこうして生きているし、明日も普通に目を覚ましたい
と思っている。
ただ、心の奥底には、ずっと忘れることのできない二人が
いる。
美玖と、僕の婚約者だ。
僕には、二人と一緒に過ごすはずだった人生があった。
でも、それは途中で途切れてしまった。
だから時々、「もし、いつか僕の人生が終わる時が来たなら
その先では「二人に会えるのだろうか」
そんなことを考えることがある。
僕にとって美玖と婚約者は、過去の思い出というだけでは
ない。
今でも心の中にいる大切な存在だ。
だから、正直に言えば、
「いつか早く二人のところへ行って、三人で暮らせたらいい
のにな」そんな気持ちになることもある。
これは、今すぐ何かをしようという話ではない。
ただ、長い人生を生きてきた僕の心の中にある、偽らざる
気持ちなのだ。
そして母のことを考える。
もし僕が先にいなくなったら、母はどうなるのだろう。
そんなことも考える。
でも、その時には弟がいる。
僕が残したものが少しでも役に立つなら、それを使って母を
施設に入れるなり、弟が何とかしてくれるだろう。
だから、そのことについては、今の僕は以前ほど心配して
いない。
母にとっても、僕より弟の方が好きなのではないかと思う
ことがある。
兄弟なのだから、それぞれ母との関係が違って当然だ。
僕が母の面倒を見ているからといって、母の気持ちまで僕の
思い通りになるわけではない。
それでも、ここまで母のそばにいられたことには意味があっ
たと思っている。
母が僕を必要としている間は、出来ることをする。
発作が起きた時には、
「今は無理だよ」と伝える。
少し休んで、身体が落ち着いたら、また母の用事をする。
それでいいのだと思う。
そして弟が来てくれたら、僕はラーメンを作る。
弟が畑仕事をしている姿を見ながら、
「ありがとう」と思う。
僕には出来ないことを、弟がやってくれている。
弟には弟の役割があり、僕には僕の役割がある。
たとえ僕の役割が、毎週インスタントラーメンを作ること
くらいしかなくても、それだって家族の中では一つの役割
なのだと思う。
僕は、自分の身体が以前のように動かないことを悔しく思う
時がある。
弟の手伝いが出来ないことを申し訳なく思う時もある。
母の用事をすぐに出来ない自分を情けなく感じることも
ある。
それでも、出来ないものは出来ない。
無理をして倒れてしまえば、それこそ家族に迷惑を掛ける。
だから、発作が起きた時くらいは休む。
そして、落ち着いたら出来ることをする。
それが今の僕に出来る、精一杯の生き方なのだろう。
「長生きしたいのか」
と聞かれたら、今の僕には簡単には答えられない。
生きている以上、明日も生きていたいと思う。
母がいる間は、母のそばにもいたい。
弟にも、まだラーメンを作ってやりたい。
けれど、心の奥には、美玖と婚約者への強い思いが残って
いる。
いつか人生を終える時が来たなら、その時には二人に会い
たい。
そんな思いを抱えながら、僕は今日も生きている。
そして、明日もまた生きる。
母の薬を確認し、必要なら病院へ行く。
自分の身体にも気を配る。
弟が来れば、ラーメンを作る。
そして、出来ることを出来る範囲でやる。
それでいい。
僕の人生は、決して思い描いていた通りにはならなかった。
失ったものもたくさんある。
今でも胸の中に残っている後悔もある。
それでも、こうして家族と暮らし、弟が畑を耕し、僕がラー
メンを作る。
そんな何気ない一日にも、人生はちゃんと残っている。
だから今日も、出来ることを一つずつやっていこうと思う。
いつか来るその日までは。
そして、もし本当にその先に美玖と婚約者がいるのなら――。
その時は、三人でゆっくり話をしたい。
僕がこれまで歩いてきた人生のことを。
母のことを。
弟のことを。
そして、二人に会えなかった長い年月のことを。
それまでは、もう少しだけ、この世界で頑張ってみよう。
弟にラーメンを作りながら。
母のそばにいながら。
そして、自分の身体と相談しながら。
それが、今の僕に出来ることなのだから。
May Be The Best Year Of My Life.







