※BGMでも聴きながらお読み下さい。
糸 - 中島みゆき
毎日の電動カートでの散歩は、私にとって単なる移動手段で
はありません。
以前にも書いた事がありますが、その中には自分なりのルー
ティーンがあります。
決まった道を通り、決まった景色を眺め、季節の移り変わり
を感じながら進む。
そして同じ場所の写真を撮る。
それはまるで小さな旅のようなものです。
難病によって自由に歩く事が難しくなった私にとって、この
電動カートでの外出は外界との大切な接点でもあります。
家の中に居るだけでは気付かない事がたくさんあります。
風の向き。
雲の流れ。
鳥の鳴き声。
草花の変化。
そして、季節が少しずつ進んでいる事。
そんな小さな発見が毎日の楽しみになっています。
最近、散歩をしていて感じる事があります。
それは道路脇の草木がずいぶん伸びてきたという事です。
電動カートは歩行者扱いなので道路の右側を通行します。
ところが、この時期になると道路脇の草や木の枝が張り出し
てきて、時には少し邪魔に感じる事もあります。
もう少し刈ってくれたら通りやすいのにな。
そんな事を思う日もあります。
しかし不思議なもので、しばらくその草木を眺めていると、
別の考えが頭に浮かびます。
私の認識が間違っていたら申し訳ありませんが、植物は二酸
化炭素を吸収して酸素を作り出しています。
田んぼの稲もそうでしょう。
道端の草もそうでしょう。
木々の葉もそうでしょう。
そう考えると、先ほどまで「邪魔だな」と思っていた草木が
違って見えてくるのです。
むしろ、「もっと元気に育ってほしい」
「もっと大きくなってほしい」
そんな気持ちになります。
人間は便利さを求めて自然を切り開いてきました。
もちろん生活のためには必要な事もあります。
しかし一方で、私たちは自然から多くの恩恵を受けている事
も忘れてはいけないのだと思います。
草木は文句も言わずに空気を浄化し、鳥や虫たちの住処とな
り、四季の風景を彩ってくれています。
電動カートに乗りながらそんな事を考えていると、「邪魔」
という感覚はいつの間にか薄れていきます。
そしてもう一つ、最近よく考える事があります。
それはとても馬鹿げた空想です。
もちろん現実には絶対に起こらない話です。
それでも考えてしまいます。
もし年毎に日本列島の北日本と西日本が入れ替わったらどう
なるだろう。
東北や北海道が九州や沖縄の場所に移動したらどうなる
だろう。
そんな事を考えるのです。
今の北日本の夏は短い。
ようやく暖かくなったと思ったら、あっという間に秋が来て
冬の準備が始まります。
しかしもし場所が入れ替わったらどうでしょう。
長い夏がやって来るかもしれません。
青空の下で過ごす時間が増えるかもしれません。
逆に沖縄や九州が北へ移動したら、雪景色の中で暮らす事に
なるかもしれません。
厳しい寒さに耐えながら冬を過ごす事になるでしょう。
考えてみれば不思議なものです。
同じ日本という国の中に住んでいても、地域によって季節の
感じ方は大きく違います。
桜の咲く時期も違う。
雪の量も違う。
夏の長さも違う。
その土地に暮らす人々の文化や習慣も違う。
もし日本列島の配置そのものが変わったら、人々の暮らしや
考え方まで変わるのかもしれません。
もちろん、そんな事は起こりません。
私は東北で生まれ育ちました。
この土地の風景を見ながら生きてきました。
短い夏も、長い冬も、雪も、春の訪れの喜びも、全てがこの
土地の個性です。
時には「もっと暖かい所に住みたい」と思う事もあります。
けれど同時に、この土地だからこそ感じられる季節の美しさ
もあります。
春を待つ喜び。
新緑の眩しさ。
実りの秋。
雪景色の静けさ。
それらは北国だからこそ味わえる風雅なのかもしれません。
だから結局のところ、私はこの土地を離れる事なく、今日も
電動カートで散歩に出掛けます。
草木の成長を眺めながら。
田んぼの緑を眺めながら。
時には日本列島を動かすような壮大な空想をしながら。
そして明日もまた、「短い旅」に出掛けるでしょう。
遠くへ行く事だけが旅ではありません。
家の近くの道にも発見があります。
見慣れた景色の中にも感動があります。
そして何より、自然を感じながら過ごす時間は心を豊かにし
てくれます。
明日もまた風を感じよう。
明日もまた空を見上げよう。
そして明日も、電動カートに乗って私だけの「短い旅」を続
けていこうと思います。
May be the best year of my life.









