※BGMでも聴きながらお読みください。
大沢誉志幸そして、僕は途方
に暮れる
還暦を越え、私はいくつもの病と共に生きている。
難病、そして狭心症、そして、その他多くの病。身体は思うよう
に動かず、心もまた波の様にに揺れる日々だ。
一番の不安は、いつ尽きるか判らない、この命だ。
年老いた母を独りにして置いては逝けない。
かつては、「できること」が当たり前にあった。
自由に歩き、働き、未来に向かって何かを積み重ねていく。
しかし今は違う。
「できないこと」が増え、その現実と向き合うたびに自分の価値
とは何なのか、生きている意味とは何なのかを考えずにはいら
れない。
では、そんな私にとっての「生き甲斐」とは何なのだろうか。
大きな夢や、誰かに誇れるような成果だろうか。
それとも、何か特別な使命のようなものだろうか。
いや、きっと違う。
ある日、電動カートで外に出た。
風を感じ、空を見上げ、ただゆっくりと進む。
それだけのことなのに、胸の奥に小さな灯りが、ともるような
感覚があった。
「ああ、まだ自分は感じることができる」
そう思えた瞬間だった。
生き甲斐とは、もしかすると「何かを成し遂げること」ではなく、
「何かを感じられること」なのかもしれない。
春の芽吹きに心が和らぎ、夏の暑さに生命の強さを感じ、秋の
寂しさに自分の内面を重ねる。
そして冬の静けさの中で、ただ生きている自分を見つめる。
その一つひとつが、確かに私の中に積み重なっている。
狭心症の発作に不安を覚える夜もある。
思うように身体が動かず、悔しさや無力感に押しつぶされそう
になる日もある。
「なぜ自分だけが」と思ってしまうことも、正直に言えばある。
それでも、朝が来る。
また一日が始まる。
小さな世界の中で、また生きて行く。
そして、その繰り返しの中で、私は少しずつ気づいていく。
生き甲斐とは、遠くにあるものではなく、
日々の中に静かに存在しているものだということに。
誰かの言葉に救われること。
誰かに「ありがとう」と言われること。
あるいは、何もなくても、ただ穏やかに一日を終えられること。
それでいいのだと思う。
還暦を越えた今、私はもう無理をして若い頃の自分に戻ろうと
は思わない。
できないことを嘆き続けるよりも、できる形で、自分なりに生
きていきたい。
たとえ歩みが遅くても、たとえ立ち止まる時間が長くても、そ
れでも「生きている」という事実は、何よりも尊い。
生き甲斐とは、きっと問い続けるものだ。
そしてその答えは、一つではなく、日々変わっていく。
今日の私にとっての生き甲斐は、この文章を書き、自分の心と
向き合えたことかもしれない。
明日はまた、違う何かが見つかるだろう。
それでいい。
それでこそ、生きているのだから。
私はこれからも、不完全な自分のままで、小さな「生き甲斐」を
見つけながら歩んでいく。
May be the best year of my life.















