※BGMでも聴きながらお読み下さい。
Martin Hurkens - You Raise me Up
「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂」
という言葉は、日本の武将である宮本武蔵が伝える言葉とし
て知られています。
この言葉の意味は、「たとえ私の身が武蔵の野辺で朽ち果て
ようとも、大和魂を忘れることはない」ということです。
武蔵の野辺は彼の最後の戦いの舞台であり、この言葉は彼の
忠誠心と武士道精神を表現しています。
「大和魂」とは、日本の伝統的な精神や文化、武士道などを
指す言葉であり、国家や民族の誇り、忠義、努力、勇気など
を表現します。
武蔵はこの大和魂を持って戦い、生涯を過ごしました。
現代語訳
私の身が武蔵の地で朽ちてしまおうとも
大和魂だけは留めておきたいものだ。
今回の和歌は松陰の遺書である『留魂録(りゅうこんろく)』
の一番冒頭に記された歌。
つまり松陰の辞世の句です。
『留魂録』は処刑される安政六年十月二十七日直前の二十五
日~二十六日にかけて松陰が書いたものです。
松陰は弟子に確実に届くよう同じ内容の文章を二通作りました。
そのうちの一通は江戸にいた弟子の飯田正伯から高杉晋作や
久坂玄瑞などの弟子に伝わり、回し読みされました。
しかし、この原本は現在残っておりません。
もう一通の手紙は、明治九年。神奈川県令(県知事)野村靖
のもとに謎の人物から突然届けられました。
この人物、名は沼崎吉五郎といい、なんと松陰が入っていた
牢の名主(牢の中で一番偉い)。
松陰は沼崎の人柄を信用し『留魂録』を託したのでした。
後に沼崎は遠島の刑となり獄を出る時、ふんどしに『留魂録』
を隠し、その後も大切に保管しました。
時は経ち、明治の世になってから沼崎は、長州藩士である野
村靖が神奈川県令になったことを知り、松陰に託された『留
魂録』を届け出たのでした。
この一通は現在松陰神社に展示されています。
松陰直筆の遺書はふんどしに隠され、後世の私達までつなが
れたのです。





