※BGMでも聴きながらお読みください。
時代 中島みゆき
春のやわらかな風が、頬をそっと撫でていく。
これまでの私は、移動といえば車が当たり前だった。目的地へ
「行く」ことはあっても、その間にある風景や空気に、心を預け
ることはほとんどなかったように思う。
しかし今年の春、私は電動カートに乗り、長い散歩に出ること
を決めた。左の上下肢に障がいを抱える私にとって、外に出る
こと自体が一つの決意だ。それでも「行ってみたい」という気持
ちが、静かに、しかし確かに背中を押した。
カートのスイッチを入れ、ゆっくりと動き出す。
車とは違う速度、違う視線。
驚くほど世界が近い。
道端に咲く小さな花。名前も知らないその花が、こんなにも力
強く春を告げていることに、初めて気がついた。
子どもたちの笑い声が、遠くではなく「すぐそこ」にある。
風の匂いが、土や草の湿り気を含んでいることも、こんなに鮮
明に感じたのは久しぶりだった。
これまで私は、「行ける場所」と「行けない場所」を無意識に線引
きしていたのだと思う。身体の制約を理由に、自分の世界を狭
めていたのかもしれない。
けれど、電動カートでの散歩は、その境界を少しだけ溶かしてく
れた。
速くなくていい。
遠くまで行けなくてもいい。
ただ、自分のペースで、自分の目で世界を感じること。
それだけで、こんなにも心が満たされるのだと知った。
もちろん、現実は甘くはない。
段差や傾斜、視線、体調の波。日々の中には、乗り越えなければ
ならない壁がいくつもある。
それでも、今日感じたこの「発見」は、確かに私の中に残り続ける。
これからの生き方を考えるとき、私はこう思う。
「できないこと」に目を向け続けるのではなく、「できる形」に変
えていくこと。
歩けないなら、カートで進めばいい。
遠くへ行けないなら、近くを深く味わえばいい。
大切なのは、誰かと同じ生き方ではなく、自分なりの歩み方を
見つけることだ。
春の一日。
たったそれだけの散歩が、私に新しい視点と、小さな希望をく
れた。
これからも私は、自分の速度で進んでいく。
ゆっくりでもいい。立ち止まってもいい。
それでも前を向いて、「生きていく」という選択を、今日も重ね
ていこうと思う。
May be the best year of my life.















