幸せは私の中に そしてあなたの中に。

幸せは私の中に そしてあなたの中に。

克服出来ない病は世の中に沢山ある。自分も数々の克服出来ない心の病と身体の病に罹患している。他人の痛み知る努力をし、思い遣りの心で知り応援したい。努力によって人は誰しも大きな失敗でも取り戻せる。努力によって人は誰しも生きる尊厳を取り戻す事ができる。

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。  たましきの都のうちに、棟を並べ、甍を争へる、高き、卑しき、人のすまひは、世々を経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。あるいは去年焼けて今年作れり。あるいは大家滅びて小家となる。住む人もこれに同じ。所も変はらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二、三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。朝に死に、夕べに生まるるならひ、ただ水のあわにぞ似たりける。知らず、生まれ死ぬる人、いづかたより来たりて、いづかたへか去る。また知らず、仮の宿り、たがためにか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる。その、あるじとすみかと、無常を争ふさま、いはば朝顔の露に異ならず。あるいは露落ちて花残れり。残るといへども朝日に枯れぬ。あるいは花しぼみて露なほ消えず。消えずといへども夕べを待つことなし。



『方丈記』



 

 

※BGMでも聴きながらお読みください。

 

 

時代 中島みゆき

 

 

 

 

 

春のやわらかな風が、頬をそっと撫でていく。
 

 

これまでの私は、移動といえば車が当たり前だった。目的地へ

 

 

「行く」ことはあっても、その間にある風景や空気に、心を預け

 

 

ることはほとんどなかったように思う。

 

 

しかし今年の春、私は電動カートに乗り、長い散歩に出ること

 

 

を決めた。左の上下肢に障がいを抱える私にとって、外に出る

 

 

こと自体が一つの決意だ。それでも「行ってみたい」という気持

 

 

ちが、静かに、しかし確かに背中を押した。

 

 

カートのスイッチを入れ、ゆっくりと動き出す。
 

 

車とは違う速度、違う視線。
 

 

驚くほど世界が近い。

 

 

道端に咲く小さな花。名前も知らないその花が、こんなにも力

 

 

強く春を告げていることに、初めて気がついた。
 

 

どもたちの笑い声が、遠くではなく「すぐそこ」にある。

 

 

風の匂いが、土や草の湿り気を含んでいることも、こんなに鮮

 

 

明に感じたのは久しぶりだった。

 

 

これまで私は、「行ける場所」と「行けない場所」を無意識に線引

 

 

きしていたのだと思う。身体の制約を理由に、自分の世界を狭

 

 

めていたのかもしれない。

 

 

けれど、電動カートでの散歩は、その境界を少しだけ溶かしてく

 

 

れた。

 

 

速くなくていい。
 

 

遠くまで行けなくてもいい。
 

 

ただ、自分のペースで、自分の目で世界を感じること。

 

 

それだけで、こんなにも心が満たされるのだと知った。

 

 

もちろん、現実は甘くはない。
 

 

段差や傾斜、視線、体調の波。日々の中には、乗り越えなければ

 

 

ならない壁がいくつもある。
 

 

それでも、今日感じたこの「発見」は、確かに私の中に残り続ける。

 

 

これからの生き方を考えるとき、私はこう思う。
 

 

「できないこと」に目を向け続けるのではなく、「できる形」に変

 

 

えていくこと。

 

 

歩けないなら、カートで進めばいい。
 

 

遠くへ行けないなら、近くを深く味わえばいい。

 

 

大切なのは、誰かと同じ生き方ではなく、自分なりの歩み方を

 

 

見つけることだ。

 

 

春の一日。
 

 

たったそれだけの散歩が、私に新しい視点と、小さな希望をく

 

 

れた。

 

 

これからも私は、自分の速度で進んでいく。
 

 

ゆっくりでもいい。立ち止まってもいい。

 

 

それでも前を向いて、「生きていく」という選択を、今日も重ね

 

 

ていこうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

May be the best year of my life.

 

 

 

※BGMでも聴きながらお読みください。

 

 

竈門禰豆子のうた

 

 

 

 

 

 

私は、難病と呼ばれる後縦靭帯骨化症、黄色靱帯骨化症、
 

 

そして治療が不可能な狭心症と共に生きています。

 

 

身体は思うように動かない。
 

 

昨日できたことが、今日はできない。
 

 

少しの無理が、大きな痛みや発作につながる。

 

 

そんな現実の中で、私は何度も問い続けてきました。
 

 

「どう生きたらいいのか」 と。


 

正直に言えば、悔しさは消えません。
 

 

健康な人が当たり前にできることが、自分

 

には難しい

 

働き方も、動き方も、夢の描き方も変えざる

 

を得ない。

 

 

でも、ある日気づきました。

 

 

失った機能ばかり数えても、心まで奪われるだけだと。

 

 

指が動く。
 

 

言葉を紡げる。
 

 

考えることができる。
 

 

誰かの痛みに共感できる。

 

 

残されたものは、決して小さくない。


 

 

「できない自分」を否定しない

 

 

病と共に生きるということは、「以前の自分」と決別することで

 

 

もあります。

 

 

元気だった頃の自分と比べてしまう。
 

 

周囲の人と比べてしまう。

 

 

でも比べ続ければ、心がすり減っていくだけです。

 

 

できない日があっていい。
 

 

横になって過ごす日があっていい。
 

 

何も成果が出ない日があっていい。

 

 

生きているだけで、もう十分に戦っているのだから。


 

 

病気は「敵」ではなく「条件」

 

 

私は最近、病気を敵だと思うのをやめました。

 

 

敵だと思えば、毎日が戦場になります。
 

 

けれど「条件」だと思えば、生き方を工夫する対象になります。

 

 

・無理をしない働き方
 

 

・発作を想定した行動範囲
 

 

・体力を温存する選択
 

 

・本当に大切なことだけに力を使う生活

 

 

制限があるからこそ、人生は研ぎ澄まされる。

 

 

何に時間を使うのか。
 

 

誰と関わるのか。
 

 

どんな言葉を残すのか。

 

 

すべてが、より真剣になります。


 

 

心の在り方こそが、最後の自由

 

 

身体は制限される。
 

 

痛みもある。
 

 

不安もある。

 

 

けれど――

 

 

心の向きだけは、自分で選べる。

 

 

嘆く日があってもいい。
 

 

弱音を吐く日があってもいい。
 

 

それでも最後に、「それでも生きる」と決めるのは自分です。

 

 

私は、完璧に生きようとは思いません。
 

 

ただ、誠実に生きたい

 

 

自分の限界を知り、
 

 

人に甘えられる勇気を持ち、
 

 

感謝を忘れず、今日を丁寧に過ごす。

 

 

それが、今の私にできる「全力」です。


 

 

どう生きたら良いのか

 

 

答えは壮大なものではありません。

 

 

・一日をやり切る
 

 

・小さな喜びを見つける
 

 

・誰かの役に立つ瞬間を持つ
 

 

・自分を責めすぎない

 

 

それだけでいい。

 

 

病気があっても、身体が思うように動かなくても、心まで閉ざ

 

 

す必要はない。

 

 

私は、難病と共に生きています。
 

 

しかし、難病に支配されて生きているわけではありません。

 

 

今日も痛みはある。
 

 

不安もある。
 

 

それでも、朝は来る。

 

 

ならば、その朝を迎えよう。

 

 

ゆっくりでもいい。
 

 

不格好でもいい。
 

 

誰かより遅くてもいい。

 

 

「生きる」と決めた人間は、もう強い。

 

 

病と共に生きるとは、
 

 

命の重みを誰よりも知るということ。

 

 

だから今日も、静かに、誠実に、そして熱く、この命を使ってい

 

 

きたい。

 

 

 

 

 

May be the best year of my life.

 

 

 

※BGMでも聴きながらお読みください。

 

 

X JAPAN 『ENDLESS RAIN』

 

 

 

 

 

 

 

朝、目が覚めた瞬間にわかる。
 

 

今日は動ける日か、動けない日か。

 

 

複数の難病を抱えるこの身体は、予定通りにはいかない。
 

 

昨日できたことが、今日はできない。
 

 

当たり前だった動作が、今は挑戦になる。

 

 

「こんな自分で、どう生きればいいのか。」

 

 

この問いは、何度も何度も胸に浮かぶ。

 

 

病気になる前の自分と比べてしまう。

 

 

長く働けない。
 

 

思うように外出できない。
 

 

人との約束も守れない日がある。

 

 

社会は「動ける人」を基準にできている。
 

 

だから動けない自分は、どこか“欠けた存在”のように感じて

 

 

しまう。

 

 

だが本当にそうだろうか。

 

い間、「どう生きるべきか」と考えてきた。

 

 

役に立てる形を探し

 

迷惑をかけない方法を

 

探し続けた。

 

 

 

 

けれどある時、問いを変えた。

 

 

生きる“べき”ではなく、どう在りたいか。

 

 

動けなくても、

 

 

誠実でいること。

 

 

感謝を忘れない事。

 

 

誰かの痛みに敏感でいる事。

 

 

それはまだ選べる。

 

 

身体は制限されても、姿勢は選べる。

 

 

 

 

 

生産性と価値は同じではない

 

 

 

 

働けない日が続くと、
 

 

「自分には価値がない」と錯覚しやすい。

 

 

けれど、人の価値は生産量では測れない。

 

 

赤ん坊は何も生み出さないが、価値がないだろうか。
 

 

眠っている人は、存在してはいけないのだろうか。

 

 

動けない日も、
 

 

呼吸しているだけの日も、
 

 

そこに命があるという事実は消えない。

 

 

 

 

 

依存する勇気

 

 

 

難病と共に生きるということは、
 

 

自立の定義を書き換えることでもある。

 

 

「誰にも頼らない」が自立ではなく、

 

 

必要なときに助けを求められること。

 

 

それも一つの強さだと思うようになった。

 

 

支えられる側にも、尊厳はある。

 

 

未来を小さくする

 

 

「この先何十年どうなるのか」と考えると、怖くなる。

 

 

だから今は、今日をどう越えるか今週をどう整えるか

 

 

それだけを見る。

 

 

未来を小さく区切ると、
 

 

絶望も少し小さくなる。

 

 

難病が教えたこと

 

 

複数の難病は、多くを奪った。

 

 

が同時に、

 

 

他人の苦しみに敏感になった。

 

 

小さな回復を喜べる様になった。

 

 

「当たり前」の尊さを知った。

 

 

 

健康だった頃には見えなかった世界もある。

 

 

結論はまだ出なくていい

 

 

「どう生きるべきか」の答えは、まだわからない。

 

 

もしかしたら一生出ないかもしれない。

 

 

けれど、動けない身体でも迷いながらでも立ち止まりながら

 

 

でもそれでも今日を生きている。

 

 

それだけは確かだ。

 

 

もし同じように
 

 

「思うように動かない自分」を抱えている人がいるなら、

 

 

あなたは壊れた存在ではない。

 

 

ただ、条件が違うだけだ。

 

 

私たちは、
 

 

速く走る人生ではなく、
 

 

深く感じる人生を歩いているのかもしれない。

 

 

今日もまた、
 

 

動けないかもしれない。

 

 

それでも、生きてみる。

 

 

 

 

 

 

 

May be the best year of my family.