イソップ童話の「翻訳・誤訳・意訳」 | 人差し指のブログ

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    「 本と虫は家の邪魔  奥本大三郎対談集 」

奥本大三郎 (おくもと だいざぶろう 1944年~)

青土社 2018年11月発行・より

 

 

 

   古今東西・昆虫文学大放談!  アーサー・ビナード  ~

 

 

 

 

 

奥本   アリがよく働くというイメージは、イソップが植え付けたのでは

      ないでしょうか。

 

 

ビナード あの有名なアリの寓話。相手がセミなのかイナゴなのかバッタな

      のかということがよく言われますが、ぼくは最初 grasshopper の

      バージョンで読みました。 grasshopper=キリギリス・バッタ・イナゴ)

 

 

奥本   そうでしょう。イソップがイギリスに輸入されてカクストンという人

      の木版印刷が流行り、同じ頃にドイツでもシュタインヘーヴェルと

      いう人の印刷がありますが、彼らは cicada  や cigale という

      単語は知っていたんだけれども、暖かいギリシャまで行かないと

      セミがいませんから、実物を知らない。(cicada ・ cigale=セミ

 

 

      「鳴く虫」 というイメージしかなかったんでしょう。

 

      それで、コオロギか何かを適当に描いたんですね。

 

 

       日本のイソップ童話では、一番最初に 『イソポのハブラス

      (Esopo No Fabulas) 』 というポルトガル人の宣教師が訳した

      ものがあるのですが、それが一度断絶して、明治になって改めて

      英語から訳されたものが広まっているんだと思います。

 

 

      だからボロボロの燕尾服を着てバイオリンを持っているキリギリ

      スのイメージになる。

 

 

      当時のイギリス版では、怠け者のキリギリスにアリが最後まで冷

      たくするんです。

 

      「何も食べるものがありません」という時に、

      「夏のあいだは何をしたいましたか?」 と訊く。

 

      キリギリスが 「歌っていました」 と言うと、

      「じゃあ今度は踊ったら?」 と (笑)。

 

 

       ところが日本のイソップ童話は、アリさんがキリギリスさんに食

      事を与えて大事にして、

      「これからは ちゃんと働くんだとよ」 と言うと

      「うん、わかった、ぼくもこれから働くよ」 という話になっていま

      す。

 

 

      それには、こんなんじゃ教訓にならない、怠け者がいつまでも

      罰せられなくていいのか、という反応もあるんです。

 

 

ビナード いいような気がしますけど。

 

 

奥本   ファーブルは、その最後の 「踊っていろ」 という場面について、

      「ラ・フォンテーヌ は素晴らしい詩人だけれども、最後はひどく残

      酷で、子どもにこんなことを教えていいわけがない」 と言って怒

      っているんですよ。

 

 

      だから もしファーブルが日本で翻訳されたイソップ童話を読ん

      だら、「なんて優しい国民だろう」 と喜んでくれたかもしれない。

 

 

ビナード ファーブルの世界観は慈悲深く、最初から日本に合っているん

      だな(笑)。

 

 

奥本   安土桃山時代にやってきたポルトガル宣教師も、残酷な結末は

      日本人にふさわしくないということで、日本人の国民性に合わせ

      て 『イソポのハブラス』 の結末をやっぱり優しくして人情話みた

      いにしてるんだそうです。

 

 

ビナード ぼくはアリが好きで、その行動を観察していたからかもしれない

      けど、寓話のラストシーンについてはこう思う。

 

 

      もう冬が来ているんだから、どっちみちイナゴもキリギリスもセミ

      も みんな行き倒れみたいになって果てる。

 

 

       その後にアリたちがやって来て せっせと解体して食っちゃうん

      だろう(笑)。

 

 

      だって倒れているイナゴがいたら、アリはすぐに解体して運んで

      行きますよね。

 

 

奥本   それは本当に虫の実物を観察している子どもの感想ですね

      (笑)。

 

 

      寓話では、イナゴも冬を暖かく過ごすことに なっているんですけ

      どね。

 

 

ビナード 実際にはもう寿命なんだから、悲しいとか残酷とかいうようなこと

      でもない。

 

 

奥本   本来は次元が違いますからね。

 

      でも実際に暖かくしてやると、多少長生きするんですよ。

 

 

      ラフカディオ・ハーンに 『草ひばり』 という作品がありますが、

      草ひばりもストーブを焚いて暖めると けっこう長生きする。

      (草ひばり=コオロギ)

 

      それを女中さんが餌をやるのを忘れたので死んだと言って

      ハーンは怒るんです。

 

 

ビナード じゃあイソップの grasshopper も、相手のオモテナシ次第で

      もっと生きられたんだ。

 

 

奥本   養老院で大事にしてもらえれば、われわれだって長生きできるか

      もしれない(笑)。

 

                      ( 「ユリイカ」 2009年9月増刊号 )

 

 

                                     

 

 

 

2016年12月18日に 「セミを知らないアメリカ人」 と題して鈴木孝夫の文章を紹介しました。コチラです。↓

https://ameblo.jp/hitosasiyubidesu/entry-12227962215.html?frm=theme

 

 

 

2016年4月25日に 『ヨーロッパは何故「動植物」が少ないのか?

と題して鈴木孝夫の文章を紹介しました。コチラです。↓

https://ameblo.jp/hitosasiyubidesu/entry-12141168749.html

 

 

 

                          9月5日 奈良市内にて撮影