土地の強制収用は幕末でも無理?  | 人差し指のブログ

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「 新・地球日本史       明治中期から第二次大戦まで 」

責任編集・西尾幹二

株式会社産経新聞ニュースサービス 2005年2月発行・より

 

 

 

 

  ~ ❻ 大津事件    政治からの司法の独立 ~

              高池勝彦(たかいけ かつひこ 昭和17年~)

 

 

 

 

 

  進歩的学者の主張に影響されて、我が国では、人権意識が発達しなかったことや お上の意識が強いことなどから、法の支配はもちろん法治主義も明治憲法になってから やっと取り入れられたものであり、それも権威主義的要素が極めて強く、法の支配など夢のまた夢のように考えられてきた。

 

 

しかし、江戸時代の司法制度は、ドイツやフランスの大陸法系というよりも、イギリス法的な判例主義的要素が強く、法の支配の系譜につながるといってよい。

 

 

 法の支配が守られるためには、慣習とか伝統といった要素のほかに、

司法担当者の廉直性が不可欠である。

 

 

司法担当者の廉直性は、他の行政担当者、その他一般人などの廉直性と密接な関連を有する。

 

 

 江戸時代の日本人の廉直性については多くの資料がある。

 

 

ハインリッヒ・シュリーマンは、トロイ遺跡発掘前の世界一周旅行の途中、江戸時代末期の日本に約一ヶ月滞在した。

 

 

彼は横浜港に到着した際、中国では船頭から通常の四倍以上もの金額を要求され、その値下げ交渉しなければ ならなかったのに、最低金額だったこと、されに税関でわずかの賄賂(わいろ)を渡そうとしたら、官吏がそれを受け取ることを拒否したことに驚いている

(『シュリーマン旅行記 清国・日本』 講談社学術文庫)。

 

 

 

 幕末に来日した外国人は、我が国の平民がヨーロッパの国々にその比を見ないほどの自由を有しているとか、法規は厳しいが、裁きは公平であると述べている。

 

 

また、「政府がいかにその臣民の権利を尊重するか」 の一例として、こうしたケースをあげている。

 

 

 政府が外国人のために土地を買収しようとしたが、その土地に住んでいる貧しい農民が応じないため、政府はさらに二倍三倍の賠償金を提示した。

 

 

しかし、これも拒否されたため、政府はやむを得ず、他の不便な場所にある土地を購入せざるを得なかった。

 

 

奉行は強制収用する立場にはなく、強制収用法も存在しなかった   と。

 

        (渡辺京二 『逝きし世の面影』 =葦書房=から孫引き)

 

   

                                   

 

 

 

2015年11月18日に 『 「明治の鉄道敷設」 と 「土地問題」 』 と題して渡部昇一と神田昌典の対談を紹介しました。コチラです。 ↓

https://ameblo.jp/hitosasiyubidesu/entry-12093284221.html?frm=theme

 

 

 

 

 

                    奈良・興福寺の五重塔 9月21日撮影