日本の辞書と中国の作家    | 人差し指のブログ

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「 お言葉ですが・・・別巻❸ 漢字検定のアホらしさ 」

高島俊男 (たかしま としお 1937~)

有限会社 連合出版 2015年6月発行・より

 

 

 

 

 

 

 こんな風に、中国語には同じ字でも一般語辞と人の姓とでは発音がちがう、ということが、時々ある。

 

 

 みなさん一番よくごぞんじなのが 「沈」 でしょうね。

 

 

一般語辞のよみは チン (沈没の沈ですね。中国語の発音は chen)。

 

 

史上著名な沈姓人物と言えば、たとえば六朝梁の学者で 『晋書(しんじょ)』 や 『宋書(そうじょ)』 を書いた沈約(しんやく)、初唐の詩人 沈佺期(しんせんき)、北宋の学者で 『夢渓筆談(むけいひつだん)』 を書いた沈括(しんかつ)。・・・・・

 

 

 

 ああついでに・・・・、この 『夢渓筆談』 を読むと、地球が丸くて太陽のまわりを まわっていることを、当時の知識人は当然のこととして知っていたことがわかりますね。

 

 

西洋人みたいに 「地球は丸いのだ!」 と大げさに騒ぎ立てないだけだ。

 

 

もちろん 『夢渓筆談』 はコペルニクスやガリレオより何百年も前の書物です。

 

 

 

 それから、清の詩人で 『古詩源(こしげん)』 『唐詩別裁(とうしべっさい)』 『唐宋八大家文讀本』 を作った沈徳潜(しんとくせん)

 

 

これらの本は日本の江戸時代には教科書であったから、だれでも沈徳潜の名前は知っていた。

 

 

 

そして現代の作家沈従文(しんじゅうぶん)、等々。

 

 

 

 ところが、これら沈(しん)姓の人たちを、全部 「ちん」 姓にして立項してある辞書があるんですねえ。

 

 

はい、例の、平凡社 『アジア歴史事典』 と三省堂 『コンサイス外国人名辞典』 です。

 

 

もっともコンサイスは、なぜか沈約だけは 「しんやく」 で出してある。

それ以外の人物は全部 「ちん」。

 

 

 

 どの人をとっても 「ちん」 ではチン妙だが、なかでも憤りにたえぬのは沈従文(しんじゅうぶん)だ。

 

 

実に才能豊かな作家で、民国時代、二十歳(はたち)のころから つぎつぎといい作品を書いていた。

 

 

その叙情が日本人の感性にもピッタリ合って、日本でも愛好者が多かった。

 

 

 もちろんだれでもみな 「しん じゅうぶん」 と言ってました。

 

 

「ちん じゅうぶん」 なんて言う人間は一人もいなかったし、もし いたとしたら天下の物笑いでしょう。

 

 

それを両辞書は 「ちん じゅうぶん」 として出しているのだ。

 

 

無知もはなはだしい。

 

 

もし 「しん じゅうぶん」 が正しいことを知った上で、一般の日本人は 「沈」 の字を 「沈没」 のチンとしてしか知らないのだからそれに合せておきましょう、との考えでやっているのだとしたら悪質だ。

 

 

文化の大衆迎合主義は醜悪である。

 

 

 ついでに沈従文のその後について申しておきましょう。

 

 

1949年に中華人民共和国ができた時にはまだ四十代で、環境さえ許せば、これから成熟期、という年であったのだが、共産党支配のもとで、作品を書くことが許されぬのはもとより、ずっと半拘束状態がつづき、特に1957年の反右派闘争以後はひどい批判と抑圧を受けて、屈辱にたえ切れず自殺を図ったが未遂に終わった。

 

 

1966年からの文化大革命中は五七幹部学校(ごしちかんぶがっこう)(知識人の強制収容所)に入れられていた。

 

 

1978年に毛沢東が死んで、文革が終わって、やっと身柄を解放された。

 

 

 1978年にわれわれ中国 (日本の中国、つまり岡山県、広島県、島根県等々) 四国地区の中国研究者の訪中団が中国へ行って、先方から 「何か希望があるか」 ときかれた時、「沈従文はどうしている、もし生きているなら会いたい」 というのが全員一致、だれも異存のない要望でした。

 

 

とは言っても とても無理だろう、とはみな思ってました。

 

 

 ところが会わせてくれた。

場所はたしか北京大学だったと思う。

 

 

1903年(まだ清(しん)帝国の時代、日本で言えば明治36年)の生まれだから、その時七十代半ばですね。

 

 

しなびた小さなお爺さんになっていた。

 

 

三十年間痛めつけられて、全然精気なし、共産党の指導のもとで、昔の服飾の研究をさせてもらっている、と言ってました。

 

 

あの才能あふれる作家が古代服飾の研究ですよ。

なるほど人畜無害にはちがいない。

 

 

 共産主義というのは、そういう人間性を ふみにじる制度なのだ。

 

 

 

 

 

                        奈良市内にて 10月7日撮影