昔の仲間を粛清しない日本  | 人差し指のブログ

人差し指のブログ

パソコンが苦手な年金生活者です
本を読んで面白かったところを紹介します

 

「 二十世紀を読む 」

丸谷才一 (まるや・さいいち 小説家・評論家 1925~2012)  

山崎正和 (やまざき・まさかず 評論家・劇作家 1934~)

中央公論社 1996年5月発行・より

 

 

 

 

山崎 ところが日本は平気で養子をもらって、それを当主にしてしまう。

 

 

    実際の血縁のつながりが何もなくなってしまっても、

    イエはイエなんです。

 

 

    それが、日本人にとっての家系というものなんですね。

 

 

     関東武士集団の基本原理は宗教でもなければ、高級な論理でも

    ない。

 

 

    要するに 「家族らしい」 ということ。

 

 

    一家意識というものでまとめていくんです。

    家の子郎党といい、親分子分という。

 

 

    つまり、擬制家族なんだけど、ここには少なくとも縦の関係、

    親と子の関係が含まれている。

 

 

    これには二つのいい点があって、ひとつは永続性が保てる。

    なにしろ擬制家族で親子なんですから。

 

 

    もうひとつは、新しい血が自由に入れられる。  退廃しない。

 

 

    この両方をうまく運用してきたのが、日本文明だといわれているわ

    けですね。

 

 

    私は、実は日本文明の原理はもうひとつあって、それは柔らかい

    個人主義だといっているんですが、半分は少なくともこの 

    「イエ原理」 というのが働いていたと思いますね。

 

 

     それをずっと延長すると国鉄一家になり、企業の家族主義になり、

    現代の日本的経営になるという論理があるわけですね。

 

 

    そういうものを踏まえて振り返ってみると、中国にはそれがない。

    華僑になった連中も、本当の血縁家族しか信じていない。

 

 

丸谷 そうですね。

 

 

山崎 匪賊は擬制家族だけれども、これは義兄弟の関係、横しか信じてい

    ない。

 

 

    日本とはこの点ではっきり違う。したがって日本では、武士たちが

    あまり退廃しないわけですよ。

    秩序が長続きする。

 

 

    たとえば明の朱元璋などは乞食坊主だったそうですけれども、

    身を起して天下を取って、まず困るのは昔の仲間なんだそうですね

    (笑)。

 

 

    みんな自分が身分の低いときの仲間でしょう。

 

    「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや」 

    などと言って鴻鵠になったはいいものの、燕雀がくっついているわけ

    で、王朝をつくった途端にこれを全部粛清する。

 

 

     漢の高祖の劉邦も、それから明末の大農民反乱の指導者、

    李自成も大粛清をやるわけです。

 

 

    この大粛清は、毛沢東もやっている。

 

 

丸谷 ヘンリー五世も同じ。

 

 

山崎 まったくそう。それで振り返って日本をみると、たしかにナンバー2は

    かなり殺されていますが    

    たとえば頼朝が義経を殺す、尊氏が弟の直義を殺すなど     

    いわゆる建国の仲間たちを皆殺しにしたというのは、あまり聞かな

    い。

 

 

    そういう必要がないんですね。

 

 

     日本の場合は、昔の仲間は閑職に追いやって養子をとればいい

    わけですよ。

    この辺が、融通無碍なんです。

 

 

丸谷 そうか。

 

 

山崎 だから、殺す必要がない(笑)。

 

 

    いちばん典型的なのは、家康だったと思う。

    彼は、建国の仲間を全部閑職に追いやった。

 

 

    そこで、大久保彦左衛門は憤懣に堪えないわけだけれども、大久保

    彦左衛門は粛清はされないですね。

 

 

丸谷 やっぱり家康はうまい。

 

 

山崎 というより、あれが日本的やり方でしょう。

 

 

丸谷 そうですね。

 

 

 

 

鹿も観光客にサービスしないと、奈良東大寺の南大門にて9月22日撮影