「 日本人が外に出るとき 」
犬養道子 (いぬかい みちこ 1921~2017)
中央公論社 1991年9月発行・より
ちょうどそのころ、1974年から5年くらいにかけて、ヨーロッパのある国のニュース解説は、これでもかこれでもかと言う調子で、敗者のコンプレックスを 時に意地わるに、時に皮肉に表現しながら、日本製品もろもろの 「怒濤の進出」 を飽きの来るほどくり返し報道した。
さすがに 「黄禍(黄色人種の禍)」 などという言葉は使わなかったが、意はたっぷりとこめられていた。
ところがある日、そう言う解説をことのほか うまく つよく、攻撃的にやる解説アナウンサーの家に招かれて行くことになった。
奥さんと私は友人同士だったから。
女ひとり、おそい夕食にやって来るのはだんだん物騒になりはじめた当節、かんたんではあるまいと日本攻撃第一人者も個人的には親切に、迎えに来てくれた。
’その車’は日本製だった。
彼も私も’そのことには’車中で一切、ふれなかった。
ところがたどりついた家の居間には、日本製のステレオとテレビとラジオがでんと置いてあったのだ。
私がふっと笑ったのを見のがさず、攻撃ナンバーワンと奥さんは、さすがにちょっと照れながら、だってねえ、ニュース解説と私生活はちがうんですよ、営々と働いて、たっぷり税金も払っているわたしたちが、どうして、支払ったカネの価値以上のトクな買い物をみすみす のがしてまで愛国者になって、ろくでもない自国製品を買いこむ必要があるんです?
日本の掃除機はいいよ、わが国の掃除機はゴミを吸わないのか吐き出すかどっちかなんだ。
テレビは日本のは最高だね。ステレオは音が違う・・・・・
学生街では、ヨーロッパじゅうどこの国でも、ヤマハかホンダかカワサキのオートバイを 「持つ」 のが、いやしくも大学に入ったていどの人間のステイタス・シンボルになってしまった。
奈良・東大寺の楓 5月9日撮影