「 やはり奇妙な中国の常識 」
岡田英弘 (おかだ ひでひろ 1931~2017)
ワック株式会社 2003年7月発行・より
北京や上海など中国の大都市では、今日でも、まだ朝早くの暗いうちから、公園や空地や裏通りなどに大勢の人々が出て、ゆるやかな身振りで太極拳の練習をしている姿が見られる。
中国を紹介する映画には、ほとんどかならず表れる場面である。
大陸だけではない。1949年に大量の人口が大陸から流れこんだ台湾でも同じである。
たとえば台北(タイペイ)の中心の少し南寄りにある植物園へ朝早く行ってみるがよい。
蓮(はす)の花の美しく開いた池をめぐって、鳥籠を木の枝に掛けて鳴き声を比べ合って楽しむ老人たちばかりでなく、テープレコーダーから流れる号令に合せて、ゆっくりと腕を振り上げ、足を前に突き出し、腰をひねって、スローモーションのように太極拳の練習を行うグループがそこにもここにも。
老人もあれば青年もあり、子どももいれば中年の婦人たちも多い。
そのわきでは両手にそれぞれ木製の剣を執った少女たちが、師範らしい壮年に直されながら、これまた優雅な踊りのように、剣術の練習。
あるいは二人の青年が相対して、六尺棒を交えて打ち合いながら、棒術の稽古。
これは武芸ではないが、バトミントンの羽子がそこかしこに飛びかい、大声の号令に合せてラジオ体操をするグループもある。
こうした早朝、まだうす暗いうちの体育には中国人は非常に熱心で、日本人の旅行者は何か異様な感じさえ受けるのだが、これこそ中国の都市で発達した秘密結社の文化遺産である。
つまり昔、まだ秘密結社が官憲の取締りの目をくぐって都市の下層階級にひっそりと維持されていたころ、集会はもちろん真夜中に行われ、軍神の関聖帝君(関羽)や三十六天罡(こう)星・七十二地殺星(『水滸伝』の宋江(そうこう)ほか百八人)などの神位の前で武芸の練習をし、叛乱の時に備えたものが、もはや秘密の必要がなくなってから、早朝の暗いうちに行われるようになり、それも実用的な武術から、しだいに体育・保健の意味が強くなってきたもののようである。
奈良の興福寺 1月21日撮影