「 話術 」
徳川夢声 (とくがわ・むせい 1894~1971)
株式会社 新潮社 平成30年4月発行・より
近世話術界の巨星、三遊亭圓朝が、あるとき早稲田の大隈邸のお座敷に行った。
一席終わってから、主賓の伊藤博文(ひろぶみ)公が、盃(さかずき)を与えようとした。
圓朝恐れをなして、遠慮した。
すると席にいた小村寿太郎 当時まだ小官吏であったが、圓朝の耳に小さな声で言った。
「遠慮するには及ばない。受け給え。実は、この席では君が一番エライんだぞ」
「ヘッ飛んでもない、ご冗談で。」
「冗談ではない。その通りさ。では聞くが、君が死んだら君の衣鉢(いはつ)を継ぐものがあるか どうだ?」
「さァ、それがございませんので、私も残念に思っております。」
「そうだろう。そこで、君が一番エライというわけさ。今夜、この席にいる元老なり大臣なり、皆くたばっても、その後継者はいくらでもあるんだ。」
と圓朝を励ましたという話。
さすがに後年の大外交官小村である。
若いころから大官連を吞(の)んでいた若年の小村候が、三遊亭圓朝の芸に敬意を表していたところが、私には非常に面白い。
中央公園付近(埼玉・朝霞) 10月22日撮影