「 霧中で影あつめ 」
吉田直哉 (よしだ なおや 1931~2008)
日本放送出版協会 1995年3月発行・より
それで思い出したが、私の親しい日本画家が、オーストラリアの風景を描いた自作の展覧会をオーストラリアでひらいたときの話を、聞いたことがある。
ある日彼が会場に座っていると、大男がひとり、一枚の絵の前から動かないで何度も嘆息しているから、気になった。
その男が立っているのは、展示した絵のなかでもいちばん小さな、扇面画なのである。
扇子のフレームのなかに、オーストラリアのアウトバック、つまり内陸の風景を描いたものなのだが、その前でうなっているから、ついに立って行って、たずねた。
「この絵を描いたのは私だが、この絵を気に入って下さったのですか?」
すると、言葉なかばで大男は手をさしのべて来て、烈しく握手しながら
言った。
「 あなたは天才だ!私はトラックの運転手で、毎日この風景を見ているが、あれがそのまま絵になるとは思いもよらなかった。あなたは天才だ!」
天才だと連呼されて当惑しながら、よくよく話し合ううち、意外なことが判
明した。
彼はこれを、フロントグラスのワイパーごしに見える風景を描いたものだ、と思っていたのだ。
そうではなくて、これは日本の扇子のための絵で、これは扇子のフレームなのだと説明したのだが、大男は扇子のための絵などというものを理解できず、結局、足音あらく去って行ったという。
変に説明などせず、ワイパーの絵ということにしておけば
よかったのである。
そのほうがずっと、人類共通の願望の話として、わかりやすかったのだ。
朝霞(埼玉)の文化会館みたいな所で菊の展覧会をやってました。11・3