戦いが出来る季節と期間(戦国時代) | 人差し指のブログ

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本を読んで面白かったところを紹介します

 

 

 

「 織田信長  新装版  」

会田雄次/原田伴彦/杉山二郎

(株) 思索社 1991年9月発行・より

 

 

 

会田  ヨーロッパとちがって牧畜・保存がない。

 

     農民が食べてしまうという点で、戦国時代の戦闘も季節に影響さ

     れたってことはありませんかね。

 

     戦機が動くっていうのも季節によって動いたのとちがいますか。

 

 

原田  田植えの時はあんまり戦争してません。

 

 

     だいたい五月は戦争しませんね。山崎の合戦でも新暦だと七月の

     中頃ですね。

 

 

     本能寺の変は六月二日未明ですから、グレゴリオ暦の新暦にする

     と七月一日です。

 

 

     だいたい田植えの時っていうのは雨も降るし戦争しにくいでしょう。

 

 

     軍費の調達もできないし、農繁期にも入るでしょう。

     ちょっと戦争できませんね。

 

 

     冬は雪で裏日本ではほとんど戦争しませんし。

 

 

     賤ヶ嶽での戦いが四月二十三日だけど、あれは新暦になおすと

     六月十日頃になるんですね。

 

 

 

杉山  その場合、戦闘集団の構成の質がはっきりしないとわからないん

     じゃないですか。

 

 

     雑兵集団を浮遊労働民・下層民から招集したのか、土地の百姓を

     動員したのかによってちがう場合もありましょうし、外交戦や政治

     戦を有利に刺激すえう前哨戦的こぜり合いは、時や季節を選ばな

     いかもしれませんが、大軍を押し出すとなれば農繁期は駄目だっ

     たんじゃないですか。

 

 

     その根拠地なり国が農本経済である以上、時や季節を選ぶという

     ことは支配者の智慧、生き方の第一歩だったと思います。

 

 

     ただ逆に収穫期の掠奪戦争や焦土戦術がどれほど行われたかで

     すが、これはいやがらせていどか、よほど特別の場合を除けばほ

     とんど皆無だったんじゃないですか。

 

 

 

原田  かなり近い距離で戦闘はしてるけど、大遠征はまだあまりないでし

     ょう。

 

 

     それは武田信玄が出てくるとか、今川義元が上洛しようとするとき

     とか、これはまあ相当な大作戦ですわね。それから秀吉の九州征

     伐、これはかなり大作戦ですが、信長までの間はそういうえらく遠

     くまでゆく戦争はないでしょう。

 

 

     だからあるていどに適当に糧秣を用意して、あとは現地調達でい

     ったら戦争できたんじゃないでしょうか。

 

 

会田  一週間か二週間やって、また自分の土地へ帰るんですね。

     陣を引きあげる。

 

 

原田  ですからあんまり長期のやつはやってませんね。

 

 

     今川義元が上洛しようとして、あれは駿府から出てくるんですけれ

     ど、三河あたりに今川氏の拠点が出来てますしね。

 

 

     例の家康の関係する尾張の大高城なんてのは今川の拠点になっ

     てるし、前線の拠点拠点へかなり兵糧を入れておいて行くんでしょ

     う。

 

 

会田  本軍が現地調達ぜんぜん出来なくてもやっていけるというような史

     実はないでしょう。

 

 

原田  そりゃないでしょう。その辺はやっぱり作戦の長さと兵力に応じて

     最初から予測つけているんじゃないですかね。

 

 

                                                           

 

 

2016年8月11日に「戦国時代に合戦が続いた理由」と題して小和田哲男の文章を紹介しました。こちらです。

https://ameblo.jp/hitosasiyubidesu/entry-12187494803.html

 

                                          

 

8月30日に 「戦国時代の戦の食糧集め」 と題して上の三人の発言を紹介しました。コチラです。 ↓

https://ameblo.jp/hitosasiyubidesu/entry-12389281105.html

 

 

 

 

                  12月3日 朝霞市内(埼玉・朝霞)にて撮影