「歴史の真実と政治の正義」
山崎正和 (やまざき まさかず 1934~)
中央公論新社 2000年1月発行・より
私がそんな無情の思いに襲われたのは、平成四年の夏に出版された傑作、『草原の記』 という中編を読んで受けた感慨によるものであった。
私は一読して巻を措くなり、感動のあまり、ある新聞に書評を書いたのだが、それが司馬(遼太郎)さんのいたくお気に入るところとなり、『草原の記』 が文庫に収められるときに、本人の希望によって解説の代わりに収録されることになった。
司馬さんの心の故郷というべき場所はモンゴル草原だが、この作品はたぶん初めて、自分の魂の故郷についての思いのたけを語った作品だといえるだろう。
登場人物は、二人のまったく異質の、しかし典型的なモンゴル人であった。
ひとりはオゴタイ・ハーンという歴史上の英雄で、モンゴル帝国の版図をヨーロッパまで広げた猛将だが、司馬さんにいわせると、彼は考えられないほど寡黙な支配者であった。
大帝国を作り、首都としてカラコルムという城市をも建設した人物でありながら、私財を蓄えることも、記念碑的な大建築を建てることもしなかった。
また、ローマ帝国の皇帝のように法や制度を残して、後世の精神と文化を支配しようとも思わなかった。
ひとり草原の天幕に住むことを好み、首都の中にはもっぱら外国人の商人たちを住まわせたといわれる。
彼は風のごとくモンゴル草原を駆け抜け、悠久の忘却の中に駆け去っていったのだが、私は、この人物の生涯を司馬さんの筆にしたがって読んでいるうちに、ふと、オゴタイが無欲なのは なによりも歴史を支配することについてであった。と気づいた。
彼に欠けていたのはただの現世における物欲ではなく、歴史に人生の跡を残すという精神の欲望だったのだと、感じたのである。
そして司馬さんは、これがモンゴル民族の伝統的な精神の特徴である、と見抜いている。
元が滅びた時、モンゴル王朝の遺臣たちはその民族の本能に戻り、
ただちに中国における財産も地位も捨て、いっせいに草原の故郷に帰っていった。
これは、漢民族にとってはまことに不思議な振る舞いだったようで、当時 「元の帰郷」 と呼んで語り草にしたという。
昨年 12月14日 光が丘公園(東京・練馬)にて撮影