「人間はなぜ戦争をやめられないのか 平和を誤解している日本人のために」
日下公人(くさか きみんど 昭和5年~)
祥伝社平成16年5月発行・より
外国交渉がうまくいかなければ戦争になるが、先に手を出す方はこれを 「目的を達成するための制限戦争」 であるとか、「防衛的先制攻撃」 であるなどの説明を第三国にするのが普通である。
そうでない時は、「全面戦争」 になる。
「防衛的先制攻撃」 のいちばんいい例は、明智光秀の 「本能寺の変」 だ。
光秀は、このままでは信長に殺されてしまうというので先手を打って信長を殺した、と一般に解釈されている。
満州事変も同じである。
このままでは日本は満州から追い出される、条約上の正しい義務と権利を中国が守らないから。ということで先制攻撃が行われた。
東京裁判では、これが 「侵略」 であると裁かれた。
今の日本の小・中学校や高校では満州事変は 「侵略戦争」 だと教えている。
「侵略」 とは、たぶん第一に全面戦争のことで、第二に戦争目的は領土の奪取や多民族の支配で、第三に武力は無制限に行使されるもののことだろう。
これは、勝利を得た後、その国が何をしたかにもよる。
だが、世界の多くの国が行った 「侵略」 は、防衛のための先制攻撃とか、在外権益の保護とか、一部政治勢力への援助などの建前になっている。
それを用心するのも隣国としての常識である。
この点については、「解放戦争」 は 「侵略戦争」 ではないという主張があることを知っておく必要がある。
孫子(そんし)の昔から中国人はこの違いに気がついていて、侵略戦争の場合は、武力の行使に対し、相手国は支配者も被支配者も一致団結して抵抗する。
これに対して解放戦争は、相手国の被支配者が外国軍の侵入を歓迎し、支配者への戦いに立ち上がって協力する、と言っている。
つまり、攻める側の意図が何であれ、相手国の支配者はいつも 「侵略」 だと言うに違いないが、しかし民衆の中には 「開放」 だと喜ぶ人が一部かまたはだいぶ存在するというのである。
そこで、日頃からシンパづくりの親善外交や内部攪乱(かくらん)の政治工作が大事になってくる。
人差し指 ~ 北朝鮮の人民は塗炭の苦しみにあえいでいる。
だから、米軍か自衛隊が攻撃して指導者を倒し、人民を解放したら・・・・・それは侵略戦争なのか解放戦争なのか?・・・・・・・・。
12月3日 青葉台公園(埼玉・朝霞)にて撮影