NHK職員、ヤクザの金を巻き上げる | 人差し指のブログ

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パソコンが苦手な年金生活者です
本を読んで面白かったところを紹介します

 

 

 

 

 

~「巻き上げる」 という言葉はどうかなと思いましたが、結果的にはそうなるんです~

 

 

 

 著者はNHKで大河ドラマなどを手がけた方です。  

 

この随筆は三、四十年前に確か雑誌 「諸君!」 に連載されて、とても面白かった記憶があり、いつか紹介したいなと思っていたのですが、持っていた雑誌は引っ越しの時にすべて処分してしまいした。

 

単行本になっていたのは知っているので、インターネットで古本を調べてみると、とても高い値段なんですね、文庫本のほうは安いのですが、すべて売り切れ。

 

それで、図書館の蔵書はどうかと調べましたら、少し遠い普段はあまり行かない図書館にありました。

 

その図書館に行って、そこでコピーをとりながら、窓の外を見ると

 住宅街は木枯らしが吹いていて

 

 「 ああ、おまえはなにをしているのかと 吹き来る風が私に云う 」

 

などと、中原(中也)さんみたいな心境になりましたよ。

 

 

 

 

 

「思い出し半笑い」

吉田直哉(よしだ なおや 1931~2008)

株式会社文藝春秋 1984年8月発行・より

 

 

 

次に思い出したのは、たぶん私がそそっかしかったのではなくて、相手がそそっかしかった話である。

どこでどうまちがったのか分からないが、不当収入を得た思い出だ。

 

 

前にもふれたことがあるが、「日本の素顔」 というドキュメンタリーシリーズをつくっていたとき、博徒を撮ったことがある。

 

 

ケンカ出入りや親子の盃、入墨を彫るところなどのシーンは、思ったより容易に撮影することができたが、問題は鉄火場、つまりバクチの現場の撮影であった。

 

時代劇やヤクザ映画ではよくお目にかかっているが、ほんものはどうちがうのか。

 

第一、彼ら博徒が生計を立てている 「本業」 なのだから、ぜひ撮影しなければならぬ。

 

しかし、ほんものを撮ると、彼らにとっては動かぬ証拠を記録されたことになり、私たちも犯罪現場を撮影したということになって、いろいろ問題がある。

 

そこで、賭場がひらかれる日に本番前に、本当の客である素人衆はいれず、ヤクザだけで 「ごっこ」 つまり一種のシミュレーションをしてもらってそれを撮る、ということになった。

 

 

 

本当に金を賭けるのではなく、小道具としての札をやりとりする。

小道具のその現金はこちらで準備するということで、話がついた。

 

 

そこで当日、最低そのくらいはないとおかしいと言われた四十万円を千円札で用意し、賭場が開かれる都内某所へ運んだ。

 

サラリーマンの初任給が大体一万円だったころの四十万円だから、いまでいうと六百万くらいだろうか。

 

とにかく大金で、それを眼光鋭い親分衆やクリカラモンモンの兄いたちに配り、お花、丁半、アトサキ、バッタと、本番さながらの熱気あふれるバクチを撮影させてもらった。

 

 

はじめこそ、「どうせ芝居だからな」 などという声も聞かれたが、次第に高まったその熱気がたぶん禍いしたのだろう。

 

 

撮影が終わって、さあ小道具をぜんぶ返していただきましょう、ということになって札を集めたら、半分の二十万円しか返って来ないのである。

 

 

血の気が引く思いで、震えながら 「足りません、ちゃんと返して下さい」 と言うと、

「何言ってやんでェ、おらァ全部すっちまったんだよゥ」 とか

「なにかい、ひとを泥棒扱いすんのかい」

という声が聞こえて、ますます血の気が引いた。

 

 

それでも、金を回収しないわけにはいかないから、

「お願いします、ちゃんと返して下さい」 と正座した。

 

 

するといやに しいんとしてしまって、息づまるような時間が流れる。

 

 

耐えきれなくなったから、

「からかわないで下さい、畳のすきまか何かに入ってないでしょうか」

と言ったら、やがて三河島の老親分が、

「おう、座ぶとんの下に束のがあるじゃねえか。金ってもんは、妙なところに集まるねえ」

と言って真ん中のツボのところへトンと札束をほうった。

 

 

これが引き金になった。

「アレここにも」 とか、「こんなところへ ひとりでもぐりこんで いらっしゃいました」 などと、みんなが懐やタモトから札束を出しはじめて、たちまちツボのまわりにまた一山できたのである。

 

 

それを、カメラマンを含め三人のスタッフが、お互い震える手で手分けして数えてみたらざっと二十万円あったから、

「ありました、計算も合いました、有難うございました!」 と帰って来た。

 

(略)

 

そしてNHKへ帰って、落着いて千円札を勘定してみたら、なんと三枚多い。

何度数えても、四十万三千円あるのだ。

 

どうしたものだろうと考えたが、いきさつから言って、誰にどう返していいか分からないし、返すとなると、またもめるだろう。

 

めんどうくさいから、三千円そっくり、スタッフ三人で飲んでしまった。

 

 

                                                                                                   

 

 

~著者はいろいろな所へ行き、いろいろな体験をされた方で、その随筆はとても面白いので 「NHK職員シリーズ」 として、あと幾つか紹介します~

 

                                                               

 

 

2016年11月12日に同じ著者の随筆を 「地球の裏側に同じものが」 と題して紹介しましたコチラです↓

 

https://ameblo.jp/hitosasiyubidesu/entry-12216208177.html?frm=theme

 

 

 

 

 

 

5月18日 光が丘 四季の香ローズガーデン(東京・練馬)にて撮影