「好きこそ物の上手なれ・谷沢永一対談集」
谷沢永一(たにざわ えいいち 1929~2011)
株式会社新都心文化センター 1987年8月発行・より
<大石慎三郎> 明治になって、日本があれだけ急速に近代化
できた背景として、
教育水準の高さなど、いろんな背景がいわれていますね。
それは普通いわれるよりはるかに高いのです。
例えばそろばんひとつとっても、これはさしずめ今のコンピューターに当たりますが、寛永時代に既に全国に普及しています。
江戸時代には、全国で六万三千位の村がありましたが、その村ごとにあれだけの帳簿組織ができたのは、このそろばんと同時に、高度の読み書き能力です。
それと明治の工業化には資本が必要でしたが、それは各地域の農村にあった蓄積が、国立銀行を通じて工業資本に転化したのですね。
ですから 「税金が高かったから、蓄積はできなかった」 などという論理は、成立しません。
<谷沢> 江戸時代の農民と比べれば、
われわれの方がはるかに不仕合せですね。
隅から隅まで収入を捕捉され、税金を取られますから。
とくに月給とりで原稿を書く私のような存在は悲しい。
一枚いくらの原稿料も、きちっと税額が出ますから(笑)。
<大石> 税金負担率は今の方が高いですね。
江戸時代に比べたら問題にならない。
<谷沢> 当時は一揆がありましたが、今の日本人はおとなしい。
<大石> そう、日本のサラリーマンはおとなしい。
<谷沢> 大阪などの商人は、
江戸時代、税金を払っていないのでしょうか。
<大石> 両説あります。
建前上は商人には税金はかけなかったのですが、
御用金などを税と考えれば・・・・・・・。
<谷沢> 御用金の強制力の程度問題ですね。
<大石> まさに虚々実々で、
絶対に拒否するということはできないでしょう。
三井家などは幕府の中にスパイを入れておいて、
御用金をいい出される前に、その何割かを献金して済ましています。
<谷沢> いま、来年の税金を考えて準備するように、
江戸時代の商人も、御用金を計算に入れていたのですね。
商人としては、儲けながら、いかに儲けていないように見せるかが
難しかったことでしょう。
今の商売と同じですね。
<大石> そう思います。
今の日本人がどれだけ豊かになれるかは、
税金をいかに取られないようにするかで決まるでしょう。
<谷沢> 節税能力ということですね。
*『バンガード』 昭和58年11月号
5月16日東京国立博物館・東洋館の三階のバルコニーから撮影した本館です。