『学研国語大辞典』 は、現代の用語をひろく採集してあることで知られる辞書である。
この辞書では(ほかの辞書でも同じだが)、「苛刻」 と 「過酷」 とを別項目、つまり意味のことなる別のことばとし、「過酷」の項では、井伏鱒二 「屋根の上のサワン」 の左のところを用例としてあげてある。
<あまりかれを過酷に取り扱うことをわたしは好みませんでした。>
「あまり過酷に」 とは変ですねえ。おかしいなあと思って原文を見たら
左の通りであった(小生が見たのは昭和三十九年新潮社新興藝術派叢書『夜ふけと梅の花』 所収の 「屋根の上のサワン」、および昭和三十九年筑摩書房 『井伏鱒二全集』 第一巻所収の同作品)。
<あまり彼を苛酷にとりあつかふことを私は好みませんでした。>
これはひどいねえ。原文の漢字はかなに改め、逆に原文のかなを漢字に直し、おまけに 「苛酷」 を 「過酷」 に変えて、「過酷」 の項の用例としてひいている。
沙汰の限りとはこのことだ。
いったいこの辞書は何を見たのだろう。
多分戦後の、原文にほしいままに手を加えた劣悪な文庫本か何かから
とったのでしょうね。
この一例だけで、『学研国語大辞典』 がいかにあてにならない辞書であるかがわかる。
この辞書で用例をさがすのはいいけれど、かならず原文にあたって確認しなければなりません。
『 「週刊文春」 の怪 』
高島俊男 (たかしま としお 1937~)
株式会社文芸春秋 2001年1月発行・より
4月12日 光が丘公園(東京・練馬)にて撮影