私はアメリカに留学して以来、
アメリカ社会に融(と)け込むことができると思っているが、
それでも、アメリカのホテルに泊まると、休まらない。
イギリスの格式あるホテルでは、
従業員の躾(しつけ)が素晴らしいが、
それと、較(くら)べてしまう。
イギリスのホテルでは、廊下で従業員とすれ違っても、
目を合わせることがない。
ルームサービスを頼んでも、ほとんど分からないように入ってきて、
飲み物や、料理をセットすると、すぐに出ていく。
このあいだに、仕事のうえでの必要最小限の会話しかない。
小気味がよいほどだ。
アメリカのホテルでルームサービスを頼もうものなら、
ボーイが愛想よく 「ハーイ」(こんにちわ)とか、
「ハウ・アウ・ユ・ドゥイング?」(元気かね)とか、
馴(な)れ馴れしく口をきくものだ。
客を客と、思っていない。
私はイギリスをしばしば訪れて、馴染(なじ)んでいるから、
紹介を受けていない者から、友人扱いされるのは、不快である。
ほんとうのサービスは、サービスをしていることを、
客にまったく感じさせないものであるはずだ。
与えられた役割だけを、的確に演じることだ。
イギリスのホテルや、クラブの従業員は、見事なまでに、
その役割に徹している。
もっとも、このような従業員の振る舞いは、
代々にわたって召使いを使ってきた、貴族社会の伝統が培(つちか)ったものだ。
そのために、ホテルの従業員も、うやうやしい態度をとるのだ。
ところが、EUが誕生してから、
域内に人々が加盟国のあいだを自由に移って、働けるようになったために、
高級ホテルや、レストランで、外国人が働いていることが珍しくなくなった。
イギリスらしいサービスを受けられないことが、増えるようになっている。
「アメリカはいつまで超大国でいられるか」
加瀬英明(かせ ひであき 1936~)
祥伝社 2014年12月発行・より
3月6日 朝霞市内(埼玉)にて撮影