かつてフィリピンで合った一人の修道女が言った。
「 フィリピンに精巧な民芸がないのは、過去に、圧政を行った強力な王朝や政府がないからなんですね。
富が偏在したり、暴君が出たりすると、職人は悲惨な状態で技術を強制されたり、
パトロンが生まれてすばらしい職人芸が育ったりするんです。
でもフィリピンには幸か不幸かそういう体験がなかったから、
お金を稼げるような技術が定着しないんですね。
もっときれいなものを作りなさい、と言うと、
どうして今のままじゃいけないんですか、と聞かれますものね 」
それでフィリピンでは、一村一品運動がうまくいかないのだ、というのである。
封建時代を経過しないと、ほんとうの近代性は生まれない。
苦い思いをしないと、抜きん出た境地に到達できない。
『近ごろ好きな言葉』
「日本人が知らない世界の歩き方」
曽野綾子(その あやこ 1931~)
PHP研究所 2006年10月発行・より
総合体育館前(埼玉・朝霞)にて6月16日撮影