海軍航空隊串良基地跡の地下壕第一電信室 1泊2日 大隅半島一人旅 その12 | 1泊2日一人旅

1泊2日一人旅

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そんな1泊2日一人旅の記録です。

1泊2日 大隅半島一人旅 2日目

 

とんかつの名店・竹亭でランチをいただいたあとは、海軍航空隊串良基地跡の地下壕第一電信室に向かいました。

 

 

昭和11年に海軍航空隊基地が置かれ、3つの飛行場(笠野原・鹿屋・串良)を有し軍都として発展していった鹿屋

 

鹿屋市内に戦争遺構が数多く残っており、そのうちのひとつです。

 

 

 

畑と養牛場に囲まれ、ここに軍の施設があったとは思えない場所にあります。

 

 

 

こちらが地下壕電信室への入口

 

 

 

中は見学用の照明がついていますが、コウモリが出てきそうな雰囲気です。

 

 

 

階段を下るとこんな空間が・・・

 

 

ここが奥行き15m、幅4mの電信室です。

 

この電信室で串良基地の関連部隊との連絡が行われ、特攻隊が出撃前に送る最後の電信(モールス信号)を受け取っていたという。

 

 

「我、戦艦に突入する」という特攻隊員最後のモールス信号です。

 

 

計器類などは保存されていませんが、地下壕自体の保存状態は良いです。

 

 

ここにも涙を誘う写真がありました。

 

▼出撃前に最後の杯を交わす特攻隊員たち

 

▼そして出撃

 

▼特攻隊の出撃を見送る人々

 

特攻隊員の写真は知覧や鹿屋航空基地史料館でも見てきましたが、ここで見るとまた違った想いを感じました。

 

 

こちらは通路

 

 

 

もうひとつある別の階段で地上へ

 

 

 

あっという間に見終わってしまいましたが、当時の様子を伺い知ることのできる貴重な戦争遺構でした。

 

鹿屋にはこの他にも敵機の空襲等から飛行機を守るために作られた掩体壕など戦争遺構が多く残っているのですが、時間が足りず・・・

次の街、志布志へと向かいました。

 

つづく