太陽と月と星
「モーセの『創世記」にはこうある。
神は言われた。「天の大空に光る物があって、昼と夜を分け、しるしとなれ。季節のしるし、日や年のしるしとなれ。天の大空に光る物があって、地を照らせ」そのようになった。
神は二つの大きな光る物と星を造り、大きな方に昼を治めさせ、小さな方に夜を治めさせた。
創世記 1章14~16節
太陽と月と星が予言において表しているのが以下のことである理由は、くだくだ説明するまでもないだろう。
太陽は、歴史を作りあげ、みずからの権威で支配する君主。
月は、君主の威を借りて支配する、より劣った権威の領主。
星は、たいした光は発さないが、それでも権力構造の基礎をなしている、さながら無数に存在する小権力者。
わたしの知るかぎり、この解釈に同意しない古代予言者の研究家はひとりもいない。あまりにも明々白々な結論なので、反論のしようがないのだ。
けれども、『創世記』が太陽、月、星に与えている機能には注目していただきたい。
まず、《昼と夜を分けて、しるしとなれ》。『創世記』が書かれてから約千五百年後にこのようなしるしのただひとつの例になったのはベツレヘムの星であり、当時の賢者はそれを“主の星”とみなした。
《また季節のしるし、日や年のしるしとな》った。つまり、暦を作り、昼と夜を支配するための基準にさせたのである。
次に引用する『黙示録』の予言は、「太陽、月、星」という言葉にこめられた象徴の秘密を解く鍵を知らなければ意味をなさない。
第四の天使がラッパを吹いた。すると、太陽の三分の一、月の三分の一、星という星の三分の一が損なわれた。
ヨハネの黙示録 8章12節
独裁政権がくつがえって無政府状態になる時代のことを指すと解釈して、はじめてこの予言は意味をなす。現代でも枕を高くして眠れる指導者などたぶんひとりもいないだろう。どこにでも権力に逆らう者はおり、どこでも昔気質の忠義者は少なくなっているからだ。下層階級が起こす騒動は、イギリスやアメリカだけの話ではなく、ソ連圏にもあてはまる。これは時代が“草の根”政府に向かっている徴候なのだ。」
「Ⅴ・ダンスタンの終末大予言(上)」ヴィクター・ダンスタン著・幸島研次訳より
感想
>わたしの知るかぎり、この解釈に同意しない古代予言者の研究家はひとりもいない。あまりにも明々白々な結論なので、反論のしようがないのだ。
別に反論する訳ではないが、「薔薇十字の秘密のシンボル」や「エメラルド・タブレット」では月と太陽は対等に描かれているらしい。
http://oka-jp.seesaa.net/article/263248068.html
因みに、ノストラダムスの予言の1巻48番の詩にも月と太陽が出て来るが、対等といえば対等で入れ替わりのように描かれている。
http://ameblo.jp/hitorinomeaki/entry-11939755641.html
(「越えて」の所を「別のもの」で訳すと「月」と別のもので「太陽」とも解釈出来る。)
>次に引用する『黙示録』の予言は、「太陽、月、星」という言葉にこめられた象徴の秘密を解く鍵を知らなければ意味をなさない。
私も『黙示録』から「太陽、月、星」を使った部分を挙げてみよう。
「また、大いなるしるしが天に現れた。ひとりの女が太陽を着て、足の下に月を踏み、その頭に十二の星の冠をかぶっていた。」(第12章1節)
将来、日本に凄い女性が現れるという事か。(五島勉氏のアイデアです。)
http://ameblo.jp/hitorinomeaki/entry-11937042665.html
おまけ