参考資料17 | シフル・ド・ノストラダムス

シフル・ド・ノストラダムス

ノストラダムスの暗号解読

五島勉氏について
「また、『ノストラダムスの大予言Ⅳ――1999年、日本に課された“第四の選択”』の145頁では、例のドキュ・ドラマ『第三の選択』を本気にして紹介している。しかしこれは前著『UFOの嘘』でやや詳しく述べたように、冗談で作られたフィクションなのである。それに同書では前出のフランスの研究家ドゥ・フォンブリュヌの『ノストラダムス――歴史家にして予言者』を日本に対する差別意識が出たものとして執拗に批判しているが、その批判の多くはいささか故事付けめいたものばかりであるばかりか、そこで批判されていることの中には、同氏の旧著にも相通じる部分が少なからずある。しかも、日本について特に加筆された章がある邦訳が既に既刊されていたにもかかわらず、それをまったく見ることなく批判しているのである。次に、『ノストラダムスの大予言Ⅴ――ついに解けた1999年、人類滅亡の謎』では、白水社文庫クセジュの『錬金術』や『英米文学史』『秘密結社』などの著書として日本でもよく知られているフランスの研究家セルジュ・ロジェ・ジャン・ユタンの『ノストラダムスの予言』を、さも私家版か何かででもあるかのように“秘蔵本”などと呼んでいるが、“秘蔵”でも何でもなく、今でも日本の洋書店に注文すれば手に入る普通の本に過ぎない。・・・・そして、同書12頁に掲載された「二つの顔の護符」と称するものも、錬金術で古くから知られている金と銀とのシンボル図形であって、特にノストラダムスと関係付けられなければならないようなものではないし、従ってそこに書かれた由来なども、例によって創作の可能性が強い。1987年に刊行された『ノストラダムスの大予言スペシャル・日本編――人類の滅亡を救うのは「日の国」だ』は、『小学五年生』1991年10月号の特集「ノストラダムスの大暴言」の番付で「あやしい」と評されたものだが、そこでは、前記のドゥ・フォンブリュヌが前掲の著書で解説していない詩を「何人も触れることの許されぬ“空白の詩”」だとしているが、ドゥ・フォンブリュヌはこれより5年も前の1982年に前記の著書の続編『ノストラダムス――歴史家にして予言者 第2巻』を発表しており、その中でしっかりそれらの詩の一部に触れているのであって、ちっとも「何人も触れることの許されぬ」などというものではないのである。“最高権威”たるものがそんなことも知らないとすれば恥ずかしいことだし、知っていて知らぬふりをしたのならば、もっと恥ずかしいことである。公称40万部と言う『ノストラダムスの大予言 中東篇――中東(フセイン)危機は人類破局への序曲だ』では、1985年に新たに発見されたという彼の予言詩が、黒いルノーだの白い箱だのと、例によって、まるでその場で見てでもいたかのような詳細な発見のいきさつの描写とともに紹介されている。ところが、その根拠になっているアーサー・クロケットの『ノストラダムスの未発表予言』は、五島氏が問題の詩が発見されたとしているより2年も前の1983年に刊行されたものなのである。また同書では、そのクロケットの本が特別に入手が難しいものであるかのように書かれているが、別にそういうことはなく、アメリカの実話新聞に何度も全面広告を出して通信販売を行っていたものである。五島氏が大して珍しくもないような本をいかにも稀少なものであるかのように言ったり、事実に反することをまるで見てきたかのように書いたりするのは今に始まったことではないが、この場合は恐らく、湾岸危機による文字通りの“緊急出版”で、改めて新たな資料を入手する余裕がなかったものであろう。」
「大予言の嘘」志水一夫著より

「どうやら五島氏は最初の『大予言』を書いた時点では、アメリカの研究家、ヘンリー・C・ロバーツによる有名な仏英対訳本『ノストラダムスの完全予言』の他はこれといった資料がほとんどなく、黒沼健氏による一連の“物語”やアメリカの美術史家、カート・セリグマンの『魔法――その歴史と正体』といった、日本で出ていた乏しい資料のみを用いて書いていたのではないかと思われるのである。・・・・そこで前に述べたような“創作”を行わなければならなかったものであろう。これは単なる想像ではない。最初の『大予言』がベストセラーになった当時、『問題小説』誌編集部からの電話インタビューで、「いつごろからノストラダムスを?」という質問に五島氏は「作家の黒沼健さんの書かれたものや、東大の渡辺一夫先生の文章などで興味を持った。日本では大々的に紹介されたことはなく、私は二十年前から大学の図書館で調べだした」と答えたという。しかし、作家の佐木隆三氏によると、「名前を伏せる約束の、或る雑誌編集長」は、次のように語っていたという。
「二年前に、彼がノストラダムスの研究書を借りに来た。で、ヘンリー・ロバーツとスチュアート・ロブの二冊を貸したが、ナシのツブテ。本は返してもらったけど、どう使ったかのアイサツはなしだ。そのくせ『大予言』の中に、ちゃっかり複写したカットを入れたりしている。十年、二十年前から研究しているというのは、マユツバだな。終末論が賑やかに論じられるようになった時流に便乗しただけのことかもしれない。とにかく物書きの仁義に反した、不愉快な人だと思っている。」
・・・・佐木氏によると、「五島先生は、この人に借りた二冊は数多い資料の一部にすぎないと言っておられる」とのことだが、「それにしては『大予言のエピソードに、出典が明らかにされていないのも特徴ではある」とも指摘されている。しかし、いずれにしろ、ロバーツの本は文字通りの“原典”の1つであり、五島氏ほどの方が10年も20年も前から研究していたと言うのなら、突然泥縄式に知人に借りたりせず、当然洋書店を通じてとっくに入手していなければならなかったはずの本なのだが・・・・。」
「大予言の嘘」志水一夫著より

http://ameblo.jp/hitorinomeaki/entry-10383765254.html(下の方。)