三人姉妹の
真ん中産まれ
真ん中育ちのわたくし飛び出すハート

縦社会というものは
このお二人から
学んできたと言っても良いでしょう
爆笑

暴言暴力
その他…諸々

バイオレンスに
サディスティックに

ほぼほぼ毎日のように
ケンカ祭りが開催されておりました
泣き笑い

同じ釜の飯を
喰って参りましたが

それぞれ大人になり

1人、2人と家をでて
別々の釜の飯を喰うようになり
現在に至ります
うさぎ

父が亡くなり
悩むようになったのは妹の生活
 
正しくは

もっと悩むようになったが
正しいかも知れません汗うさぎ


姉ちゃんは家庭があるし
わたしは病気があるし

お互いに

いつなにが起きてもおかしくない
そんな年齢でもあります
ガーン無気力ガーン

去年の9月くらいだったかな??

餅は餅屋にという訳で

今後の事を
妹が住んでいる市にある
暮らしのサポートセンターに相談した結果

障害年金の手続きを勧められた。

療育手帳を取得した後
1度障害年金の受給を考えたけど

その後に
わたしが色々ありすぎて絶望

妹のことを
考える余裕も時間もなく
手続きはしませんでして

障害の発覚から
3年も経ってしまいました…。

\妹の好物はメロンパン/
障害年金の申請書類は
療育手帳を申請する時に
妹の人生を振り返る年表を作ったので
それに沿って一緒に書き上げた。

勉強にはついていけなかった
会社でクビになった
友達とトラブルになった

そんな

胸が痛む話のオンパレードで
泣けてきました
泣くうさぎ

そして

審査の結果障害年金を
受給していただけることになりました。

もっと早く申請していれば?

と、いう考えも過るけど

今の状況だから
申請が通ったのでは?とも思うし。

いづれにせよ
妹が抱えている障壁が
低くくなったのがありがたい。

無理して働かなきゃ!
無理して頑張らなきゃ!

そうじゃなくて

無理ないペースで活動しように
変われば姉は安心ですダッシュ

就労支援施設に通ってましたが
合わなくて行かなくなったけど

別の施設を何箇所か
見学してみると言っていました。

配色サービスの
お弁当を作ったり

パソコンの
データ入力みたいのが
やりたいそうです。

時間はかかったし
かなり遠回りをしてしまったけど

全ては
まるく収まりました。

苦しかったし
悲しかったし
虚しかった

そういう時間も
全部無駄ではありませんでした
悲しい悲しい悲しい

全ては相談に
のってくださった
サポートセンターの方のお陰です。

妹は父と暮らした
市での生活を望んでいる。

よく会う
お友達もいるみたいだし。

近所の人、お友達とそのお母様
サポートセンターの人
就労支援施設の人
精神科の先生

あの街には
妹の知人が数人はいる。

様子を見に行くのは
わたしの努めですね
(冬季以外)

お互いがお互いの場所で
社会の役に立てるよう

これからも
一生懸命
頑張ってまいります
びっくりマークびっくりマークびっくりマーク