入院して、3週間がすぎた。2月29日に右脚の腫れと痺れで地域の総合病院に救急車で運ばれた。右脚の血管が切れて内出血して、それが原因で右脚がパンパンに腫れて、神経を圧迫したとのことだった。
最初は寝返りも困難だったが、今では左手に松葉杖、右手に点滴を持って、200mは歩けるようになった。かなりの進歩だと思ってる。
ただ、これからが大変なんだろうな。
右脚の障害がしばらく残るのではないだろうか。
6年前に人工弁置換手術を行ない、機械弁が心臓に着いてる状態なので、1級障害者になっているが、薬を毎日服用するだけで、特に実生活には支障が無かった。でも、右脚が不自由になるといろいろ支障は出てくるだろうと思う。生活の面でも、仕事の面でも困難な事があるだろう。
病気は私の身体の中にあり、障害は身体の一部だから、受け入れるしかないとおもう。

1日2回のリハビリが、今の私のスケジュールである。
まだ、退院の話は聞いてないが、今週末か来週末でないかと思う。
それまでに、少しでも、歩行距離を伸ばさねばと思う。
家に帰れば、1人暮したがら、全部自分で行わなければならず、結構大変だからだ。



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先日、祖父が98歳で亡くなったので、葬儀のために田舎に帰った。

北海道の開拓農家に生まれて、農家を経営して娘(娘婿)も農業を継いだ典型的な農家だった。

お通夜の前日に、地域の農家が夫婦や親子の男女一組で、25人(13家)集まった。

お通夜、告別式、火葬場、繰上法要までの準備の打合せである。

13世帯が最小の農事組合で、その組合長が葬儀委員長になり、葬儀を進めていく。

そこに遺族は関わらないのが原則ということだ。

私や、弟は高校卒業後に都会に出たので、地域の人たちの顔も、知らない人が多い。

また、知ってる顔も、ずいぶん年をとった人り、おじさん、おばさんになった学校の先輩とかである。

毎度のことなので、皆手際がいいのは当たり前だが、でも頼もしかった。


彼らは農家だから経営者であり、そして北海道の専業農家だから最低でも20ha以上の耕地面積を持っている。

農業は昔からそんな楽な仕事ではないし、印象もよくない産業である。

嫁不足、後継者不足、農業経営の拡大で農協から借金して、自己破産して離農することもあるし、

TPPや自由化で結構騒がれているが、少しうらやましかった。

農家を継ぐということは、親の同じ仕事をすることで、親と一緒に生活することでもある。

それに勝る親孝行は無いかもしれないと。


私の家は10haの耕地面積しかなく、後継者もいなかったのでそれ以上の拡大化はしなかった。

30年前には、同じような規模の農家もまだ少なくなかったが、離農した農家の土地を買ったり借りて、

少しずつ大きくなっていあったのだろう。

もし、家を継いでいたら、あの人たちの輪の中にいたのだろう。

それも人生だったなと思う。


仮に高校生に戻ったら、卒業後に農家を継ぐだろうかと自問してみるが、答えは分からない。

また、都会に出るかもしれないし、家を継ぐかもしれない。

でも、あの頃よりは違った視点で、農業というものを見れるだろうなと思う。

父も母も、70歳前後であるが、まだ現役の農家である。

今は昔みたいに、手作業が多くないし機械で収穫できる作物も多いので、

あち少しは農家を続けられそうである。

そして、それを本人たちも望んでいる。

子供の私としては、出来るだけ長生きしてほしいと心から思う毎日である。


年を重ねるごとに親に感謝の念が大きくなるばかりである。



数日前の日本テレビで放送していた『スタジオジブリ物語』を見てたら、宮崎駿監督が話してたことが印象的だった。

「土を本当に駄目にしたら人間は生きられない。アメリカ映画にあるような戦争後の廃墟と、砂漠が累々としたところでなんか、人間が生きられるわけがない。植物がいるから人間が生きて行けるのであって、ぶっ壊しても自然が回復してくれると思うところが日本人そのものだな」と話してた。

収録は、震災前だと思うし、30年ぐらい前にNHKで放送してた『未来少年コナン』を制作する時の話だから、原発事故なんか知らない頃であるが・・・・・

地震・津波と原発事故では、失うものがあまりにも大きすぎることに、改めて思い知らされる。


原発に関しても、事故が安定してるかわからないけど、とりあえずは最悪の事態は回避されるのかなと思える。たしかに、予想している最悪の事態が人に若干は違うかもしれないが、水素爆発が生じて、炉心が裸の状態になって、今より桁違いの放射能をまき散らす危機は避けれれるのかもしれない。

でも、原発の付近は、かなり長い間、植物が生きられない土が死んだ場所になるだろう。

海に低濃度(?)の汚染水を放出するのが悪いことだとは、政府も東電も知っていたに違いない。でも、選択肢がなかったのかなと思う。

今の進行中の原発事故に対して、選択肢は限られているし、これからも非難されることも、やらざるをえないだろう。

それほど、原発事故、放射能とは恐ろしいものなんだなと思った。

30%の電力供給で、資源もない日本、そして廃炉に原発をしても放射能は残るわけで、放射能とともに生きてゆくことを受け入れなければならない。

原発反対でもいいから、現実を見て議論してほしい。

日本にある原発は、津波には弱いけど地震そのものにも弱いのではないか。

女川の原発も、この前の余震で5本ある非常電源のうち、4本が使えなかった状態だし、想定外に対処できない危機管理では、土が駄目になってしまうばかりである。


日本で生まれて、日本で育った人間として、日本以外にどこにも逃げるところなんてないし、日本で死にたいと思ってる。

だから、私たちは、この土地を大切しないといけない。

管首相にも枝野長官も海江田大臣も、東電の社長や社員や、関係会社に頼るしかないのが、今の現状なのだから。

見守ることしかできないけど、復旧・復興されるであろう未来に期待している。