地震、津波、そしてJR、私鉄、地下鉄の運休で、会社に泊まることなった。
コンビニで焼酎とつまみとカップラーメンを同僚と買ってきて、夜遅くまでテレビの震災情報を見てたのが3月11日の夜だった。その時は大変だーと思ってたけど、それは始まりだったんだなと思う。 原子力発電所が壊れるなんて、そして放射能で住民が避難するなんて、日本ではありえないと思ってた。
毎日、原発のニュースで安心したり、不安になったり、でもだんだん慣れてきたのは事実で、原発を心配しながら会社で仕事して、その後、同僚と飲みに行ったり、その時も話題は原発の話題ばっかり。最後には、『なるようにしかならないから!』と言って、相手にそして自分を安心させている。 東京までは放射能は来ないだろうと思うけど、いや、来ないよね・・・と思いつつ、誰かと原発の話をしている今日この頃。
今は放射能の心配をしてるけど、確実に不況がやってくるよね。日本は輸出で生きてる国だけど、原発事故と放射能汚染で、日本産のものは警戒するから、誰も買ってくれないだろう。 そして、日本に来る海外の人は、震災と原発を取材にくる報道関係者ぐらいかも。
膨大な復興財源、失業者の増大、そして放射能といやでもつい合わなくてはいけない私たち。東北の被災者や福島原発の避難者のためにも、日本は一つになって、再出発しないといけないね。
でも、被災者や避難者の理性ある行動、海外の暖かい支援や励ましの声、地震でも原発事故でもパニックにならない国民性、希望の光りはたくさんあると思う。
そんなことを思った2週間でした。