「神と人のはざまに生きる」
アンヌ・ブッシィ著 東京大学出版会

著者のアンヌ・ブッシィ氏はフランス人で、民族学・民俗学や宗教民俗学・日本民俗学などを専門とするフランスの大学教授です。同書は、アンヌ・ブッシィ氏が、大阪と奈良を拠点にする1人の女性巫者の生き様に焦点を当てた研究書で、ジャンルとしては文化人類学とか宗教民俗学の範疇に含まれます。

女性巫者の口から語られる様々な神霊体験が、学者の目によって冷静に記述されていきます。神霊が実在することを肯定するという記述姿勢ではなく、神霊の実在を信じる女性巫者の言葉を聞き取り書き留め、それによって女性巫者が体験する憑位現象の内的な動きを様々な視点から分析しようとするものです。学術論文の形式ではないので読み物としても非常に面白い。

記述される女性巫者の活動の時代背景は昭和が中心になり、大正生まれの女性巫者が亡くなったのが平成3年。なので、現代からそう遠い過去のことではありません。

女性巫者は、戦前戦後の厳しい時代を生きつつ民間稲荷信仰の道へ入ったもので、そこで彼女は神社神道のような巫女とは呼ばれず「オダイ」と呼ばれます。オダイとは、文字で書くと「お台」もしくは「お代」となるそうです。霊感的な能力を、今でいえば心理カウンセラーのような方向に生かしていたのでしょう。


さて、奈良県北部に「白高大神」と呼ばれる心霊スポットがあります。ネット上の口コミなどで奈良県最恐の心霊スポットなどといわれることもあり、かの稲川淳二さんも来ていたそうで、オカルトマニアの格好の探訪地になっています。上記書籍に書かれる女性巫者の大阪での拠点とは、大阪市天王寺区に今もある真田幸村ゆかりの神社です。そして奈良で拠点にしていた場所とは、実は心霊スポットとされる白高大神のことです。

私も、2度ばかり白高大神を訪れたことがあります。1度目は数人で。そこにあったのは朽ちた宗教施設や洞窟内の祭祀跡・お滝場などで、見た目にはかなりオドロオドロしい雰囲気でした。同行した人のうち霊能者を自称する人の中にはアレが聞こえたとかコレを感じたとか言う人もいましたが、私には全く霊感がないためなのでしょうこれっぽっちも何も感じませんでした。どうもこの霊感というヤツを持つ人の発言には違和感を感じて仕方ありません。ご本人たちはいたってマジメに言ってるんでしょうが。

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祭祀されなくなった宗教施設がそのオドロオドロしさから心霊スポットに見えるようになったといっても、白高大神では過去に事件や事故は無かった様子です。なので不気味な場所になる要素も無いと思います。

仮に多少のことが言われるとしても、それは「祭祀されなくなった祭神たちが荒魂と化している・・」とか、「女性巫者の霊がこの地に留まっている・・」程度のことでしょう。もちろんこのセリフは一例ですが、霊能者ならその程度のことは読めるはずでしょうに。

ネット上には、白高大神を心霊スポットとしてとらえた探訪記が数多く存在します。そしてそれらの中に、白高大神のかつての祭神の素性や祭祀者のことなどを正確に“霊視”するようなものは見当たりませんでした。「白高大神は女神だ。」という内容を見た記憶もありますが、同書に白高大神の神像の写真も載せられておりそれは男神です。このことから言いたいのは、自称霊能者を含むオカルトマニアには、過去の出来事を正確に見抜けないということです。自称霊能者らが言う中で納得できないのは、第三者が検証可能な根拠や証拠を提示しないこと。

先述の違和感の正体です。自称霊能者らは確かに私たちと違う感覚を持つのだと思えます。ですがその感覚とは、頭脳内部の情報の処理経路が一般の人とは少々違うことから来るのだろうと推測します。自称霊能者らは、自分の内的な感覚をさも現実の出来事のように断定的に発言するのでしょうが、理解の仕様がありません。

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女性巫者が亡くなり、白高大神の祭祀はいったん途絶えたようです。白高大神の朽ちた施設は道場の跡で、お滝場は女性巫者が滝行をしていた滝だそうです。今も残る何基もの碑に書かれた神名の由来が同書には記述されています。それらの碑は元々大阪市内の神社にあったもので、女性巫者の死後、白高大神に移されたとのことです。

それらの朽ちた施設の一部は、数年前、そこに住みついたホームレスの失火で焼けてしまったことを報道で知りました。けれどその後も心霊スポット探訪目的で訪れる人がいるようで、ネット上では最近の白高大神の画像や動画が掲載された記事を見かけます。

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同書の読了後、私がそこを再訪したのは夏の終わりの良く晴れた暑い日のことした。本当にのどかな田園風景の中に白高大神は位置します。鳥居のそばからは奈良盆地北東部へ大きく視界が広がり、若草山や東大寺大仏殿が良く見えます。

祭祀的な意味では誰も訪れなくなったように見える白高大神ですが、土地の人に聞いたところ半年に1度くらいの割で掃除に来る人たちもおられる様子です。やはり現在も管理者は存在するのでしょうから不法侵入に問われることには注意が必要です。関係しているのかどうか、大阪市の宗教法人名簿に、女性巫者に縁故の宗教法人の名が今も記載されています。

荒れた祭祀跡や朽ちた施設などを再び見ましたが、女性巫者が修業をしていたことを思うと不気味さは和らぎます。白高大神の鳥居にはハッキリと女性巫者の名が刻まれています。私が白高大神の名を知ったのも興味本位からなので大きなことはいえませんが、探訪者に対しどうしても思うのは・・・

「そこは盲いた女性が人生をかけて修業していた場所なんだぜ。妙な噂を立てず、荒らさずにそっとしておこうよ。」ということです。然るべき時に然るべき人が来てそこを手入れすることでしょう。その時まで心霊スポットなどと騒ぎ立てずにそっとしておきましょう。