ここまで、人との接し方について書いてきました。
この人には、どう接すればいいんだろう。
相手に合わせた方がいいのか。
伝え方を変えた方がいいのか。
新しいコミュニケーション術を知ると、前の方法が足りなく見えることもある。
そして前回は、
一度うまくいったのに、別の人ではまた接し方を調べる。
というところまで書きました。
ここまで読むと、
「コミュニケーション術ばかり探すから、終わらないんじゃない?」
という見方もできると思います。
確かに、それで説明できる部分もあるかもしれません。
でも僕は、そこで全部を片づけることができません。
なぜなら、
役に立つものは、本当に役に立つからです。
■■■ 知らないより、知っていた方がいいことはある ■■■
伝え方を知らない。
だから、うまく伝わらない。
それなら伝え方を学ぶ意味があります。
人の話を聞く方法を知らない。
いつも自分ばかり話してしまう。
それなら、聞き方を知ることで変わることがあります。
断り方が分からない。
頼み方が分からない。
質問の仕方が分からない。
距離の取り方が分からない。
こういう具体的な問題なら、具体的な方法が役立つことがあります。
だから、
「人間関係にノウハウなんて必要ない」
とは思いません。
知らなかったことで困っているなら、知ればいい。
できないことで困っているなら、練習すればいい。
そこは、必要以上に難しくしなくていいと思います。
■■■ 心理学やコミュニケーションも、僕は学んできました ■■■
僕自身も、心理学やコミュニケーションについて学んできました。
ただ、僕は心理学の専門家として生きてきたわけでも、
人間関係の専門家として活動してきたわけでもありません。
僕が長くやってきたのは、仕事です。
18年くらい前から、僕は治療院をやっていました。
そこで集客や販売について学びました。
チラシ。
ホームページ。
リピート。
価格設定。
販売。
最高で月101万円くらいの売上になりました。
その後、2016年から2018年頃には物販をやって、
最高年商は約5,900万円。
2019年頃から始めたコンテンツ販売でも、月100万円くらいまではいきました。
SNSや文章、メール、販売、コンテンツ作成など、いろいろ学んできました。
その18年間の中に、心理学やコミュニケーションについて学んだこともあります。
ここで言いたいのは、
僕は「何を学んでも役に立たなかった人」ではない。
ということです。
■■■ 役に立たなかったなら、話は簡単だった ■■■
もし18年間、学んだものが全部役に立たなかったなら、
話はかなり簡単です。
うまくいかなかった。
だから次を探した。
またうまくいかなかった。
だから、さらに次を探した。
これなら、ずっと答えを探していた理由は説明できます。
まだ必要な答えを見つけられていなかった。
それだけです。
でも、実際はそうではありませんでした。
売れたことがあります。
結果が出たことがあります。
学んだことが使えたこともあります。
それでも、その後にまた別のことを学んでいます。
だから僕の18年間を、
「役に立たないノウハウを渡り歩いていた」
という話にしてしまうと、実際と少し違います。
■■■ 人間関係でも、同じことが起こり得る ■■■
人との接し方もそうです。
ある伝え方を知った。
役に立った。
ある人とは、前より話しやすくなった。
それなら、その方法には意味があります。
その後、別の人と関わったときに、
また違う接し方が必要になることもあります。
だから新しい方法を調べる。
これも普通です。
このとき、前の方法は失敗したわけではありません。
前の方法は役に立ったままです。
それでも、次の方法を見る。
ここが、僕は気になります。
■■■ 「役に立つ」と「そこで終わる」は別なのかもしれない ■■■
僕たちは、何かを探しているとき、
役に立つ答えが見つかれば、そこで終わるような気がします。
分からない。
調べる。
分かる。
終わり。
できない。
学ぶ。
できる。
終わり。
困っている。
方法を知る。
解決する。
終わり。
確かに、そうなることもあります。
でも人間関係では、相手が変わります。
状況も変わります。
すると、役に立つ方法を一つ持っていても、
また別の方法が必要になることがあります。
つまり、
「役に立つ答えが見つかった」ことと、
「もう次の答えを探さなくなる」ことは、同じではない。
少なくとも、そういう場合はありそうです。
■■■ だから、ノウハウを悪者にすると見えなくなる ■■■
「ノウハウばかり探しているからダメなんだ」
と考えれば、話は分かりやすくなります。
でも、それだと、
役に立ったものまで消えてしまいます。
伝え方を学んで役に立ったなら、その事実は残した方がいい。
聞き方を知って役に立ったなら、それも残した方がいい。
心理学を知ることで理解できることがあったなら、その知識まで否定する必要はありません。
必要なことを学ぶことも、別に悪くありません。
そのうえで、
役に立ったのに、なぜまた次を見ることがあるんだろう。
と考えた方が、僕には自然です。
■■■ 「次を探した=前がダメだった」でもない ■■■
これも、18年間を振り返っていて気になるところです。
次のものを学んだという事実だけを見ると、
前のものでは足りなかったように見えます。
でも、必ずしもそうではありません。
前のものが役に立っていても、次を見ることはあります。
人間関係なら、相手が変わる。
仕事なら、やることが変わる。
環境が変われば、必要な知識も変わる。
だから、
「次を探した」という事実だけで、前の答えを失敗扱いすることはできません。
そうすると、もう少し丁寧に見たくなります。
前の答えは、何に役立ったのか。
その後、何を探していたのか。
この二つです。
■■■ 役に立った後に、何を探していた? ■■■
ここまで来ると、問いが少し変わります。
最初は、
「この人には、どう接すればいい?」
でした。
それが今は、
「役に立つ接し方を一つ知った後に、次は何を探しているんだろう?」
になっています。
もっと違う相手にも対応できる方法なのか。
もっと伝わりやすい方法なのか。
もっと相手を理解できる考え方なのか。
それとも、その時々で必要なものを探しているだけなのか。
まだ一つには決めません。
ここで「原因はこれです」と言ってしまうと、
役に立ったものや、相手ごとに違う現実まで消してしまうからです。
■■■ 僕が今残しているのは、この事実です ■■■
役に立たなかったから、次を探した。
それなら分かります。
でも、僕の18年間には、
役に立った。
結果も出た。
それでも、その後にまた別のものを見ていた。
というものが混ざっています。
人との接し方でも、
ある方法が役に立った。
それでも、別の人ではまた別の接し方を探す。
これが起こるなら、
「ノウハウが悪いから」
だけでは説明できません。
だから次は、役に立ったものを否定せず、もう少しその先を見ます。
人との関わり方を学んだことは、ちゃんと役に立っていた。
それなら、その後に何が残ったのか。
そこを考えてみます。
僕自身の18年間についても、
「何をやってもダメだった話」としてではなく、
役に立ったもの、結果が出たものも残したまま、最初から並べ直しています。
そうすると、単純な失敗談とは少し違うものが見えてきました。
▶ 役に立った答えの「その後」を、18年間から見る
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