人によって、接し方を変え続けていました。

人によって、接し方を変え続けていました。

人との関わり方やコミュニケーションについて学んできました。役に立ったものもあります。それなのに、相手や状況が変わるとまた「この人にはどう接すればいい?」と別の答えを見ている。そんな自分を振り返りながら、人との接し方と「次を探すこと」について書いています。

人との接し方について、いろいろ学んできました。

役に立ったものもあります。



それなのに、相手や状況が変わるとまた

「この人には、どう接すればいい?」

と別の答えを見ていました。



18年間を並べたら、少し気になるものが残りました。



▶ 18年間の謎解きを、最初から読む

人との関わり方を学ぶことには、意味があります。

これは、ここまで書いてきて改めて思います。

伝え方を知る。

聞き方を知る。

質問の仕方を知る。

相手との距離の取り方を考える。

自分とは違う考え方があることを知る。

知らなかったときにはできなかったことが、

知ることでできるようになることがあります。

だから前回、

「役に立ったコミュニケーション術まで、僕は否定できない」

と書きました。

今日は、そこをもう少し残したまま考えてみたいと思います。

役に立たなかったから、次を探した。

ではありません。

役に立った。

それでも、また別の方法を見ることがある。

この二つは、どうやら同時に起こります。


■■■ 学んだから、できるようになることはある ■■■

人との関わり方は、何でも自然にできるものではありません。

知らないこともあります。

経験して初めて分かることもあります。

言いたいことをそのまま言うのと、

相手が受け取りやすいように伝えるのは違います。

相手の話を聞いているつもりでも、

質問の仕方一つで話しやすさが変わることもあります。

距離を縮めればいいとは限らない。

少し待った方がいい場面もあります。

こういうことを知れば、

それまで持っていなかった選択肢が増えます。

だから、学ぶことには実用性があります。


■■■ 「自然体なら大丈夫」で全部済むわけでもない ■■■

人間関係の話では、

「無理にテクニックを使わなくても、自然に接すればいい」

という考え方もあります。

もちろん、それでうまくいく関係もあると思います。

でも、知らないことで困っている場合まで、

全部それで済むとは限りません。

たとえば、どう伝えればいいか分からないなら、

伝え方を知ることは助けになります。

話を聞くのが苦手なら、

聞き方を学ぶことで変えられる部分があります。

関係によって適切な距離が違うと知らなければ、

距離について考えること自体が選択肢に入らないかもしれません。

知識や技術で解決できることは、知識や技術で解決していい。

僕はそう思います。


■■■ 学ぶと、相手を見る場所も増える ■■■

人との関わり方を学ぶと、

単に「使える言葉」が増えるだけではありません。

見るところも増えます。

今、この人は話したいのか。

それとも、あまり話したくないのか。

こちらから質問した方がいいのか。

少し待った方がいいのか。

説明を増やした方がいいのか。

簡潔にした方がいいのか。

前なら一つの接し方しか思いつかなかったところに、

いくつかの見方が生まれます。

それによって、以前とは違う対応ができることもあります。

だから、

学んだことは、ちゃんと残っていく。

そう考えていいと思います。


■■■ では、一度学べば終わる? ■■■

ここで、また前回から残っている問いが出てきます。

伝え方を学んだ。

聞き方も学んだ。

相手を見る視点も増えた。

実際に役立つ場面もあった。

だったら、もう十分なのでしょうか。

人間関係の場合、なかなかそう単純でもありません。

相手が変わります。

関係が変わります。

状況が変わります。

すると、今まで持っている方法だけでは判断しにくい場面が出てくることがあります。

そこで、また別の考え方を見る。

別の伝え方を知る。

別の接し方を知る。

これは普通に考えれば、

必要に応じて学びを増やしている。

とも言えます。


■■■ それなら、何も不思議ではない? ■■■

相手Aには、この接し方が役に立った。

相手Bには、別の接し方が必要だった。

相手Cでは、また状況が違った。

だから、そのたびに必要なことを学ぶ。

これなら、特に不思議ではありません。

人間関係に万能の方法がないなら、

相手に応じて方法が増えるのも自然です。

僕も、ここまでは普通に分かります。

ただ、一つだけ引っかかります。

方法が増えれば増えるほど、「もう分かった」には近づいているんだろうか。

ということです。


■■■ 知識が増えると、判断材料も増える ■■■

方法を一つしか知らなければ、選択肢は一つです。

二つ知れば、二つから選べます。

五つ知れば、もっと状況に合わせられます。

これは大きな利点です。

でも同時に、

どれを使うのか。

いつ使うのか。

誰に使うのか。

どこまで使うのか。

という判断も必要になります。

つまり、学んだことで選択肢は増える。

でも、

選択肢が増えることと、答えが一つに決まることは別です。

むしろ、知ったからこそ、

「今回はどれだろう?」

と考える場面も出てきます。


■■■ 役立ったのに、次が必要になる ■■■

ここが今回、一番残したいところです。

前の方法が間違っていたわけではない。

役に立たなかったわけでもない。

忘れてしまったわけでもない。

今も使える方法を持っている。

そのうえで、また別の方法を見ることがあります。

人間関係なら、

「相手が違うから」

で説明できる部分はかなりあります。

でも、そうやって相手が変わるたびに方法が増えていくなら、

一つ気になることがあります。

僕たちは、最終的に何が分かれば「人との接し方が分かった」と言えるんだろう。

です。

すべての人に使える一つの方法でしょうか。

相手ごとに使い分けられるだけの方法でしょうか。

目の前の人を理解することでしょうか。

まだ、ここでは決めません。


■■■ 「もっと学べば全部分かる」とも限らない ■■■

これは、学ぶことを否定する話ではありません。

必要なことは、これからも学べばいいと思います。

ただ、人間関係には相手がいます。

相手が違えば、考えも違います。

同じ相手でも、状況が変わることがあります。

そう考えると、

すべての人に対して、

「この場合はこうすれば大丈夫」

という答えを先に全部持つのは難しそうです。

だとすると、

方法を増やすことと、人との関わりが分かることは、完全には同じではないのかもしれません。

方法には方法の役割がある。

でも、それだけで人間関係の全部が決まるわけでもない。

今のところ、僕はそのくらいに考えています。


■■■ 次に気になるのは、「相手を理解すること」 ■■■

では、方法だけでは足りないなら、

次に何を見るでしょう。

一つ考えられるのが、

「相手をもっと理解すればいい」

です。

この人は、どういう人なのか。

何を大事にしているのか。

なぜ、こういう反応をするのか。

相手が分かれば、接し方も選びやすくなる。

これはかなり自然な考え方です。

心理学などを学ぶ意味も、こういうところにあります。

でも、ここにも少し先があります。

相手を理解できれば、人間関係についての問いは終わるんだろうか。

次は、そこを考えてみます。


■■■ 僕の18年間でも、役立つものは増えていきました ■■■

僕自身、18年くらい前から、いろいろなことを学んできました。

治療院では、集客や販売について学び、最高で月101万円くらいの売上になりました。

物販では、最高年商約5,900万円。

コンテンツ販売でも、月100万円くらいまではいきました。

心理学やコミュニケーションについて学んだこともあります。

全部が無駄だったわけではありません。

使えるものは増えました。

結果につながったものもあります。

それでも18年間を並べると、

「役に立つものが増えたのに、次の答えを見る」

という動きが何度も残っています。

だから僕は今、

何を学ぶべきだったかではなく、

役立つ答えを持った後にも、なぜ次の答えが必要になったのか。

そちらを見直しています。

人との関わり方を考えていても、似た問いが残ります。

答えはまだ、ここでは決めません。

18年間を最初から並べた記録は、メールで書いています。

▶ 役立つものが増えても続いていた「次探し」を見る


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