公務員の飲酒運転が跡を絶たない。
飲酒運転の職員も、試験に受かって採用されたのだから、一応の常識と判断力は持ち合わせてはいるのだろう。
飲酒運転をしてはならない、と分かっていても、一向になくならない。そうであるならば、酒が入ると常識と判断力が失せてしまう、ということになる。
酒は、常識と判断力に縛られた日常から、抜け出させてくれるものだから、それが当たり前とも言える。
結果的に、何時まで経っても、飲酒運転はなくならない。車を運転する人間の良識に期待していたのでは、絶対になくならない。つい先日も、同様な趣旨で書いた。不幸にも当たってしまった。当たるべくして、当たったと言った方が正解である。
30年前、勤務先に、父親がある町の幹部職員をしていた同僚と席を並べていた。
彼は、駐車違反になるような場所には、絶対に車を止めなかった。もちろん、速度制限を越えるスピードは出さなかった。理由は、自分の不始末で、公務員たる父親に迷惑を掛けることは出来ない、ということだった。恐らく、小さい時から、父親の日常を見ながら育って身に付けた習い性なのだと思う。
家族ぐるみで気遣いながら職責を全うしようとする公務員がいる一方で、本人の自覚さえ疑いを抱かせる公務員もいる。公務員気質も地に落ちたというしかない。
もう、随分前に、高知県の橋本知事が、県職員の飲酒運転は即時懲戒免職の方針を打ち出したことがあった。現在も変わらぬ方針だろう。
この際、橋本知事には、その後の状況を全国民に知らしめて欲しい。結果を知りたいと思う。
当時、高知県の“いごっそう”のことだから仕方ないだろう、と高を括っていた他の自治体も、本腰で対策を講じなければならなくなった。
遅きに失した感はあるが、成果を期待したい。