過去日記、、、遅れ遅れのエジプト旅行記(^_^;)
2011/07/17 Egyptian days-6: 古き良きエジプト
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世の中、、、とくに宗教の世界に多くて、その影響を受けているスピリチュアルな人にもしばしばみられる傾向だけれど、人は何かの条件を求める傾向がある。
「人として生きていくためには、~でなければならない」「~すべきだ」、、、ってやつ。
「人として生きていくために」ってところを「よい人でいるためには」とか「一家の大黒柱として」「母親として」「いい歳をした大人として」「男として」「女として」「日本人として」、あるいは「救われるためには」「アセンションするためには」「悟りを開くためには」……、まぁ色んな置き換えはできるけれど、要は人はしばしば何かの条件を求める。
でも、ほんとうかなぁ?
ただ生きているっていうだけじゃあ、ダメ?
ぼくは色んなことに無知だし、できないこともたくさんあるし、過ちだっていっぱいしてきたし、多分これからもする。
ダメかな?
ダメって誰が決めたの?
誰かが、他の誰かのことをダメだなんて、何でそんなことが言えるのかな?
「自分は生まれてから今までずっとOKなんだけど、でもキミはダメだな」って言う人、、、ほんとうにあなたはそうですか?
ぼくがOKなのか、あるいはダメなのか決めるのは、ぼくではなくて、あなたなんですか?
えっ、あなた、神さま?
いや、失礼。。。
あの……、
もし、あなたが神さまなら教えてほしいんだけど、なぜあなたはダメなものとOKなものを区別するのかな?
ダメなものをつくったのは、ぼくですか、それともあなた?
ぼくは色んなことに無知だし、できないこともたくさんあるし、過ちだっていっぱいしてきたし、多分これからもする。
でも、条件をつけるってことはしないでいたいな。
ただ生きている。
ぼくも、そしてみんなも。。。
他にいったい何かあるのかな?
ぼくがいるんだ。みんないるんだ。そしてキミがいる。他に何ができる。……愛はどこへも行かない(玉置浩二『田園』) → 人気blogランキング】
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