分離のサイクルと、融和のサイクル | 意識デザイン
すべてはワンネス──スピリチュアルではよくそんなことが語られる。
みんないっしょ、ひとつのもの。

でも、みんないっしょ、ひとつでいるかぎり、そこには何もないし、何も起こらない。
何かがあるということは、何かでないことだとか、何かがないことを前提としないといけない。

そこで、あれとこれ、それぞれ色々なものあるという体験を試みる。
分離の道。
個性化、多様化を試す。

あれとこれとの違いを識り、それを愉しむ。
識別をする力と感受性を身につける。
それを叡智という。

その際、あれとこれのどちらか一方だけに執着してしまうと、正しい/間違っている、よい/悪いという否定性の地獄に陥ってしまうけれど、本来の識別や叡智を身につけさえすればそれは克服できる。



やがて充分にそれを愉しんだなら、今度はまたワンネスへと還っていく。

融和への道。
みんないっしょ、ひとつのものであることを想い出そうとする。
あれとこれとをともに慈しみ、その相違を乗り越える。
それを慈悲といい、慈悲を発揮する力と感受性のことを愛という。



このサイクルは、ひとりの個人のなかにもあるだろう。
あるいはそれぞれのグループや社会のなかにおいてもある。
そして、どうやら人類だとか地球だとか、あるいは太陽系から、さらにはもっと大きな銀河宇宙という単位においてもそれはあるらしい。

分離から融和へ、融和から分離へ、繰り返されるサイクル。

いまちょうど銀河宇宙の単位で、分離のプロセスから融和のプロセスに移り変わろうとしている時期のようだ。
スピリチュアルの神話によれば、12000年ごとのサイクルだとかいうけれど。



地球じたいは、すでに融和のプロセスに入っている。
人類はいままさに分離のサイクルから、融和のサイクルへと方向転換をしようとしている時期。

そうしたなかで、分離のサイクルを完成させようとしてそれを強化する動きと、徐々に融和のプロセスに移行しようとする動きが混在している。

一人ひとりの中でも、その両方が表面化しやすい時期かもしれない。
葛藤を味わっている人も少なくないだろう。



人々のあいだでも、両方の動きが活発になっている。

分離のサイクルを完成させようとする人たちは、あれとこれの違いに敏感になる。
融和のサイクルに移行しようとする人たちは、逆に分離のプロセスから遠ざかりたいと思う。

それぞれのサイクルはベクトルが逆だから、いっしょにいるとキツイ。
バトルや別れを体験している人も少なくない。

それぞれのプロセスがあるので、今は議論や説得によって一致を見出すことはむずかしいだろう。
どちらか一方だけが正しいというけではない、、、少なくともそのことを知っておきたい。


それにしても、昨今のエネルギーの高さには圧倒されそうなくらいだ。【応援をお願いします! → 人気blogランキング】