宗教と一口に言ってしまうことには、非常に抵抗を感じる。
俺は3種類の軸を考えている。
一つは、救いを求めるものとそうでないもの。
一つは、絶対的な超越者を崇めるものとそうでないもの。
一つは、誰かが創始したものとそうでないもの。
一つめの軸で言えば、一神教と仏教は前者にあたると思う。
二つめの軸で言えば、一神教のみが前者にあたると思う。
三つ目の軸で言えば、神道以外は全て前者にあたると思う。
神道はそもそも、アニミズムが自然発生的に起こったのが始まりだと
認識している。
神に祈って天国に行くとかそういう類ではなく、ただただ自然に対して
神性を感じ取って畏れを抱き、災害があれば祈り、雨が降らなければ
祈ったのだと思う。
そういった信仰が、ある程度体系的になって今の神道ができあがって
きたのではないかと。
一神教と違って、神道の行事は季節感がある。
一神教は、イエスの誕生日だとか、神や預言者にちなんだ日に行事が
行われる。
このことからも、神道はあくまで自然を畏れてきたものであることが
十分に想像できるのだ。
つまり、人間がGodという存在を作り出して絶対的超越者とする
一神教と違い、完全に受け身なのだ。
友人が神道について述べたのだが、「死後の世界が約束されていない」
というのは、そういう違いからきているのだと思った。
死後の世界を約束するのは、Godを作った人間が、神を信じさせるために
作る話なのではないかな。
こういうことから、先日の日記に書いた
「神道なんてもんは宗教っちゃ宗教だけど、それ以上に習俗であり
文化である」
という考えが導出されたわけだ。
現在の制度でくくれば、宗教には違いない。
だがそれ以前に、他の宗教とは違い、日本で自然発生的に起こった信仰
であり、習俗・文化に他ならないと思うのだ。
勢いで仏教についても書こうと思ったけど、長くなりすぎるので中断。
また明日にでも。
俺は3種類の軸を考えている。
一つは、救いを求めるものとそうでないもの。
一つは、絶対的な超越者を崇めるものとそうでないもの。
一つは、誰かが創始したものとそうでないもの。
一つめの軸で言えば、一神教と仏教は前者にあたると思う。
二つめの軸で言えば、一神教のみが前者にあたると思う。
三つ目の軸で言えば、神道以外は全て前者にあたると思う。
神道はそもそも、アニミズムが自然発生的に起こったのが始まりだと
認識している。
神に祈って天国に行くとかそういう類ではなく、ただただ自然に対して
神性を感じ取って畏れを抱き、災害があれば祈り、雨が降らなければ
祈ったのだと思う。
そういった信仰が、ある程度体系的になって今の神道ができあがって
きたのではないかと。
一神教と違って、神道の行事は季節感がある。
一神教は、イエスの誕生日だとか、神や預言者にちなんだ日に行事が
行われる。
このことからも、神道はあくまで自然を畏れてきたものであることが
十分に想像できるのだ。
つまり、人間がGodという存在を作り出して絶対的超越者とする
一神教と違い、完全に受け身なのだ。
友人が神道について述べたのだが、「死後の世界が約束されていない」
というのは、そういう違いからきているのだと思った。
死後の世界を約束するのは、Godを作った人間が、神を信じさせるために
作る話なのではないかな。
こういうことから、先日の日記に書いた
「神道なんてもんは宗教っちゃ宗教だけど、それ以上に習俗であり
文化である」
という考えが導出されたわけだ。
現在の制度でくくれば、宗教には違いない。
だがそれ以前に、他の宗教とは違い、日本で自然発生的に起こった信仰
であり、習俗・文化に他ならないと思うのだ。
勢いで仏教についても書こうと思ったけど、長くなりすぎるので中断。
また明日にでも。

