阿久根市長による裁量権の濫用問題
(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091024-00000305-mailo-l46)
について、とりあえず司法判断が下されました。

阿久根市長はそもそも、何が市民にとっての利益なのかを
考えていないように思います。
もとい、市民にとっての本当の利益を錯誤しているように
思えます。
というのも、市長は、税金をもらって暮らしている市役所
職員の労働者としての権利を奪い、何でもかんでも市民の
ために捧げろといった考え方を述べており、そのやり方が
本当に市民のためになっているのか甚だ疑問だからです。

公務員が、労働基本権においては一定の制約を受けている
ことは誰でも知っているし、その中で守られた権利を奪う
のであれば、正当な手続きを踏んだ上で行わなければなり
ません。
でなければ、市長のただの独裁に過ぎません。

今回の裁量権濫用問題も然りです。
市長は市民の負託を受けているので、市長の方針に従うこ
とは必要でしょうが、何をするにもやり方がただのわがま
まなガキ大将のようで、稚拙極まりないです。
そして、コンプライアンスのかけらもありません。


各論を言い出せばキリがありませんが、とにかく、市長派
と半市長派が対立し、一切の法的思考力を欠いているとし
か思えないような裁量権の濫用を独裁的に行い、裁判沙汰
にまでなるほど事態の紛糾した現状を作っていることそれ
自体が、市民のためになっていません。
このようなくだらないことに、どれだけのマンパワーが割
かれているのか考えたらいいと思います。


役所には、改革が必要な部分が多く残されているとは思い
ますが、それとは全く別の話です。
市民と職員が協働してこそ、よりよい行政サービスにつな
がると思うのですが、幼稚な論理で役人を攻撃するだけの
市長では、未来は暗いでしょう。
そして、このような市長を再選させてしまった半数以上の
阿久根市民は、思考停止した大衆です。
厳しいことを言うようですが、彼らの蒙昧さが露見するの
も時間の問題ではないでしょうか。


私は、公務員の特権的な制度が残っているのであれば、不
要なものは廃していき、必要なものは市民が納得できるよ
う説明責任を果たし、職員もやりがいを感じて職務にあた
れる環境を作ることが、市長としての本来の在り方だと思
います。



私個人の意見を述べましたが、あくまで意見なので、まだ
考察が甘い点もあろうかと思います。
異論・反論・ご意見がある場合には、ご指摘下さい。


ちょびっとだけすでに報告済みではありますが、
先週の水曜にレーシック手術を受けまして、無事に
終了いたしました。


当日は午後休を取っての施術でした。
真っ昼間だというのに、けっこう人が入っていました。
事前の検査を軽く行い、一つ上のフロアへ。
ここは手術専用のフロアのようでした。
ここで麻酔の点眼をしたり、施術中の注意事項を伺ったり
しました。
髪の毛の雑菌を防ぐためにかぶる、あのシャワーキャップ
みたいなのをかぶると、俄然手術っぽい気分になってきました。
特に不安はありませんでした。

まずはフラップ作成です。
開眼器とでも言えばいいのでしょうか、目を開けた状態に
固定され、眼球も固定されるのか何かはめられた感触が
ありました。
そしてレーザー照射ですが、さすがにちょっと緊張します。
レーザーに対する不安ではなく、動かないように言われていた
ので、動いちゃったらどうしようとかそんな緊張。
片目でほんの10秒程度でしたが、すごいな~と思ったのが、
円形にレーザーが照射されるのがわかること。
視界はぼーっとして何が何だか状態ですが、何かが円形に
動いていくのがわかりました。

それから、屈折矯正のためのエキシマレーザー照射になる
わけですが、フラップをめくられるのもわかるものなんですね。
ぺろっとめくられて視界がぼんやりする感じ。

そしてエキシマレーザーが照射されるわけですが、予備知識が
なく驚いたのが、焦げ臭いこと。
角膜の主成分が何だかよく知りませんが、タンパク質系で
しょうか(適当)。
レーザーって改めて考えるとよくわかっていないのですが、
焼いているわけではなさそうに見えて、焦げ臭いのです。
自分の目の匂いなのだろうかと思うと、ちょっとびびりました。
これも、片目10秒程度でした。

それから洗浄したりフラップを眼に貼り付けたりして、
リクライニングチェアのあるカーテンで仕切られた個室で
しばし休憩。
15分後くらいにはもう、帰っていい状態でした。


特に何もなかったので帰路につくと、すでに視界が違いました。
多少白く靄がかったような感じはありましたが、遠くのビルの
窓がくっきり。
実家を出るまでの25年間暮らしてきた街の風景が、こんなに
鮮明に裸眼で見ることが出来たのはきっと、20年ぶりくらい。
いや、メガネの矯正視力よりずっとよく見えます。

帰りに麻酔が切れて、けっこうしみるような感じでちょっと
辛かったですが、帰宅後、痛み止めの目薬をさして30分程度、
電気を消して眼を閉じて休憩すると、もうほぼ不快感はなく
なりました。



翌日の検査でも特に問題なく、今ではもうこの見え方に慣れて
きたのか、仕事をしていても最初ほど目が疲れなくなって
きました。

ちなみに、グレアは全然感じないし、ハロは多少あるようにも
思いますが全く気になりません。

先にレーシックを受けた同僚は、「レーシックなんてやめとき」
「めっちゃ痛いで」「夜になると見えへんで」「ご愁傷様」
などと言っていましたが、
「俺はちゃんとしたところでやってもらうから大丈夫」と
一蹴してやったことを思い出し、これで完全に見返してやれると
にんまりしたのでした。



今週末に1週間の検査を受けて、何もなければ次は3ヵ月後。
このまま順調にいくといいなぁ。
妻にも勧めて早く受けさせよう。



手術以来、読書も休止中でしたが、こんな時に限ってiPodの
ヘッドフォンがいかれてしまったので、明日から軽く読書を
再開しちゃおうかなぁと思っています。

悩む力 (集英社新書 444C)/姜 尚中
¥714
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★★


今をときめく姜尚中の著書である。


夏目漱石とマックス・ヴェーバーの生き方にヒントを得ながら、
現代社会(現代人)が抱える諸問題について、どのように対応
していくことが重要であるかを説く。


根本的なことだが、まず、現代社会の問題を夏目漱石とマックス・
ヴェーバーに結び付ける意図がいまいちわからない。
我々は100年前の彼らと同じ壁にぶつかっているとしているが、
著者の漱石観及びヴェーバー観によるものであって、そもそも
そこがしっくりこないのである。


内容については、現代社会の問題に関する分析等が、いたって
ステレオタイプである。
そして、悩むことを肯定して、真に強い生き方を掴み取ろうと
いったような内容であるが、これもありがちではなかろうか。
漱石とヴェーバーを軸にした展開が目新しさを感じさせるものの、
述べていることはすでに言い古されてきたようなことである。


新書という形態自体、字数も少なく読みやすいものではあるにせよ、
本書は私にとっては非常に内容が薄いものに感じられ、すぐに
読み終えてしまった。
また、本書がどの書店でも平積みのロングセラーであることから、
厳しめに採点した。


戦後政治史 (岩波新書)/石川 真澄
¥819
Amazon.co.jp

★★★★



戦後政治の流れが、選挙を軸にして書かれている。

特に何があるというわけでもない、シンプルに「戦後政治史」である。
内容は広く浅く、元新聞記者らしく中立的俯瞰的な記述のため、
これから勉強したいという人にもお勧めできる。
中高生からせいぜい大学生までの、教養科目としての歴史の
勉強として。

戦後政治に明るい人でも、流れを振り返るのには有用であろう
(戦後政治に明るい人であれば、言われるまでもなく読了済みで
あるようなメジャーな著書ではあるが)。

巻末の選挙データも、資料として重宝する。

2004年の改訂版では、刊行後の流れが加筆されているが、これは
著者の体調不良のため、北大の山口二郎氏が執筆したものである。
なお、著者は改訂版の刊行を見ることなく逝去されている。


本日、娘が1歳の誕生日を迎えました。


ということで、一週間前からいろいろ準備をして、今日の
明け方までかけて飾り付けをして、誕生日を祝いました。
昼過ぎに私の母も訪ねてきたので、一緒に祝いました。

スポンジを作れる炊飯器を買ったので、初めてスポンジを
作り、生クリームを乗せて、たった1本のローソクを
立てました。

日頃、私は何かと幸せを見つけられる人間だと思いますが、
今日はそんなの関係なく、幸せを実感できた一日でした。
娘が今日まで元気に育ってくれたこと、妻も自分も元気で
娘の成長を見守ってあげられること、生きていることに
感謝です。



娘が生まれた前と後では、本当に驚くほど生活が変わったし、
それに合わせて自分も変わったと思います。
子供を持って初めてわかることがたくさんありました。
親の気持ちだって、これまでも理解できていると思って
いましたが、実際に子供が出来るとそれが実感としてわかる
ようになりました。
親の愛情って、子供がその愛情を受けて愛されてると思うより
ずっと遙かに大きいものなのだなぁとも思いました。



この一年は、長くも短くも感じません。
今になって思うと「もう一年か」という感じなのですが、
かといって「この一年は速かったな~」などといった感じ
でもないのです。
きっと、毎日がとにかく必死だったのだと思います。

仕事なんか残ってもいいから、自分は残らないですぐ帰る。
帰ったら娘と遊ぶ。
その間に妻が食事の支度をする。
支度が出来たら離乳食をあげる。
その間に妻は食事をする。
妻と娘の食事が終わったら、私が食事をする。
その間に妻は授乳する。
自分の食事が終わったら、すぐに食器を洗い風呂を掃除して
沸かす。
沸いたら風呂に入る。
自分が洗い終わったら娘を風呂に入れる。
風呂を出たら着替えさせたりいろいろして、妻が授乳して
娘を寝かせる。

毎日がこの繰り返しです。
でも、必死だけど本当に楽しいのです。
娘がかわいくてかわいくて仕方なく、朝の通勤電車の中で
「早く帰りたいな~」などと考える始末です。


今、娘はよたよたと30歩くらい歩きます。
最終的には崩れ落ちますが。
74センチで8500グラム弱です。
言葉はしゃべれないけど、よくしゃべります。
とてもよく笑います。
大声を出して笑います。
人見知りもだんだんしなくなってきました。

ウチの娘に泣かれた友人の皆様方は、是非また娘に会いに
来てやってくださいな。