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                                 2024年5月1日

                                 VOL.489
                    評 論 の 宝 箱
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 第489号・目次
 【 書 評 】 片山恒雄 『哲学の教科書』(中島義道著 講談社)
 【私の一言】 吉田竜一 『高齢社会の課題』



【書 評】
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◇                         『 哲学の教科書 』
◇           
(中島義道著 講談社)              
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                                        片山  恒雄


 本書には「思索のダンディズムを磨く」という副題がついており、本題よりもこちらに惹かれた。人間は歳をとると、「死」への関心が強くなる。死を学ぶには、医学的、宗教的、哲学的なアプローチの仕方があるが、私は後者を選んだ。本書を開くと、第1章から「死」について説かれている。
第1章 死を忘れるな(MEMENTO MORI)とある。MEMENTOはラテン
語で「自覚する」の意味であり、MORIは「死」を表わす。
第2章では一転して「哲学とは何でないか」つまり周りを否定して、本質を浮かび上がらせようという論旨である。具体的に言うと、哲学は思想ではない、哲学は文学ではない、哲学は芸術ではない、哲学は人生論ではない、哲学は宗教ではない、など延々と続く。いずれにしても「死」が哲学の最大の課題である。そして本題に入ると第3章では、「哲学の問いとはいかなるものか」つまり、時間、因果関係、意思、私、他人、存在などの本質論を述べている。ラ・ロシュフコーの「太陽も死もじっと見つめることは出来ない」とは、含蓄に富んだ言葉である。「我々は(死を)絶壁で遮り、その絶壁に向かってまっしぐらに走っている。」とは有名なパスカルの言葉である。こうした欺瞞的表現を追求し精緻な言葉に練り上げたのが、二十世紀最大の哲学者ハイデッガーであり、彼は人間の存在を「死」への存在(SEIN ZUM TOD)とみなした。人間が「思索する」ことは、100%主観的であるが、景色を眺めるのも多少主観が混じる。ならば死者が見る世界はどうか。認知症の患者にはどう映っているのであろうか。死とは見る主体が消えるのである。私には想像するだに恐ろしい。
MEMENTO  MORIに戻る。昔将軍が勝って、凱旋するときに、家来にその旗を持たせた。
「戦は勝つばかりではない。敗死することもある」を意味する。最近世界で大きな戦争が各所で起きている。翻って日本では長く続いたデフレから抜け出す気配が見える。いわば第一次世界大戦に近い状況である。最近テレビのコマーシャルにも「メメントモリ」の言葉が散見される。自戒の念としての風潮ならば喜ばしい限りである。しかし著者は若者に哲学を学ぶことを薦めない。欧米は言葉を優先する文化である。利休が死んでソクラテスは生き延びた(ただしその後刑死した)。欧米の文化は言葉が万能の文化である。

 日本人は言葉の上位に、心や魂を置いている。「理外の理」とか、噺家がテレビのコマーシャルで、「理屈じゃあねえんだよ」といわれると妙に納得する。「男は黙ってサッポロビール」なのである。老眼になった大学の先生が「はぎわら」という教え子を1年間「おぎはら」と呼び続けた。年度末試験の答案用紙に、小さな字で「はぎはら」とフリガナがふってあった。西欧人なら最初に先生に過ちを指摘した筈である。ある京都の先生が外国人を茶席に招いた。外国人は座るや否や「WARUM(なぜ?)」を連発、二度と招待しなかった。日本文化の静謐さを心から味わって貰いたかったのにかかわらずである。欧米の文化は「言葉をしてすべて語らしめよ」なのである。一方、日本の文化は、例えば、映画「男はつらいよ」の中で、山田洋二監督は寅さんに「それを言っちゃおしまいだよ」と言わせている。日本文化は、最後の言葉は喋らず飲み込むのである。俳句の本質はそこにあるのではないか。詠む人と味わう人が一体を得るのである。わたしの両親の結婚は運命的なものではなく、父の転勤に伴う横町のおばさんの世話による至極平凡な見合い結婚とわかった。そうしてみれば、私の誕生・生存・死を荘厳に思いすぎてはいないか。来るべき私の死はキリギリスの死とあまり変わらない軽いものではないのか。そう思えば何か気が楽になった気がする。 


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆【私の一言】☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

                  『 高齢社会の課題 』
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                                吉田 竜一

 人口減少と少子高齢化が進むなか、社長の平均年齢は2023年に63.76歳(前年63.02歳)になった。前年を0.74歳上回り、調査を開始した2009年(59.57歳)以降で最高を更新している。
社長の年齢分布は、70代以上が35.4%(前年33.3%)に上昇、それ以外の年代はすべて前年より低下した。ところで社長の年代別の企業業績は、70代以上は「赤字」や「連続赤字」の構成比が他の年代より高く、社長の年齢と業績は逆相関がみられた。これは高齢の社長は、長期的展望に立った設備投資や経営改善に消極的になりがちで、生産性向上を阻害し業績低迷につながりかねないという事である。
(東京商工リサーチ 2024/02/02)

 堺屋太一氏の著書「組織の盛衰ー何が企業の命運を決めるのか」(1996年出版)によると、戦後の日本は専ら規格大量生産型の近代工業社会の形成を目指して、日本社会全体がそのために組織化され人口の増加も相まって成功した。しかし、成功が次の失敗に繋がり易いのは組織の常であり、成功した組織はその成功体験に埋没しやすく、成功した環境に過剰適応しがちである。また、閉鎖的雇用慣行を持つ日本の組織は、本来の機能目的を忘れた社員共同体になりがちである。これらは組織を死に至らしめる業病である、としている。

 この書の発刊以来4半世紀を超えた今日、日本社会は少子高齢化のなかにあり、社長の高齢化が進みつつあるということは一面当然とも考えられる。しかし、社長の高齢化企業の業績は低迷がちという結果からすれば、社長の年齢の高齢化は問題がある。それは、成功体験への埋没、組織の共同体化を伸展させる可能性が高く、変化に対応しにくい組織体質に陥りがちになりがちであるといえるからである。現に我が国の企業は、情報革命、技術革命と言った時代の大変革に乗り遅れるという現実を生じている。

 日本社会は今後とも少子高齢化時代は続く。その中でも社会の衰退化を避けるためには、企業経営面のみでなく日本社会全体が変化に対応できる体質を保持する必要がある。
具体的には、あらゆる組織体が常に若返えれるような施策をとり、社会の若返りを図ることが課題である。とくに政治家は、政治が家業化し機能目的が忘れがちの中で、高齢化が進むことは大きな問題であろう。
企業経営に関する年齢と業績の反比例はそのことを教えてくれている。


 編集後記
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 日本語の諺に「出る杭は打たれる」というのがあります。これは、 才能・手腕があって抜きん出ている人は、とかく人から憎まれるという意です。また、『言わぬが花』という諺もあります、これは『余計な口を出さない』ということです。これらの背景には、閉鎖的な日本社会の伝統的な価値観があるためといえます。現在でもこうした風潮が残っている面もあります。

 しかし、国際化時代でもある現在は、自身の意見の明確な表明は不可避であり、この点に関しては、米国の「The squeaky wheel gets the grease.(きしむ車輪は油をさしてもらえる)」という諺は参考になります。これは、多種多様な人々で構成される米国社会では、文句や不満など思っていることがあるなら、声に出して言わないと気付いてもらえないという意味だそうです。つまり、多様化する社会では「言わぬが花」「以心伝心」はあり得ないと言うことで、日本人はこのことを強く意識すべき時代にいるという事です。

 「自身の意見の明確な表明」は、日本の社会の活性化のためにも重要で、初等教育の段階から価値観の転換を図る教育をしっかりと取り組むことが我が国の伸展につながるといえましょう。
今号もご愛読・寄稿などご支援ご協力有難うございました。(H.O)


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 第490号・予告
 【 書 評 】  庄子情宣『よみがえる戦略的志向』(佐藤 優著 朝日新書)
 【私の一言】 幸前成隆『人を知る』
     

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