〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
                               2026年10月1日
                      
                                             VOL.538
                                    評 論 の 宝 箱
                  https://hisuisha.jimdo.com
          
                        見方が変われば生き方変わる。
                          読者の、筆者の活性化を目指す、
                       書評、映画・演芸評をお届けします。

〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓 
     第538号・目次
   【  書 評  】 三谷 徹 『意識はどこから生まれてくるのか』 
                (マーク・ソームズ著 岸本寛史、佐渡忠洋 訳 青土社)
   【 私の一言 】  庄子情宣 『「賢く縮小」について』



【  書 評  】
────────────────────────────────────
                  『意識はどこから生まれてくるのか』
                  ( マーク・ソームズ著  岸本寛史、佐渡忠洋 訳 青土社)
────────────────────────────────────

                               三谷 徹

 世情は世界各地での紛争もさることながら、AI・ITに係わる各社のIPOや株価の
上昇・巨額の投資に注目が集まっている。AIの進歩は著しく今後の期待もまこと
に大きなものがあろう。便利な概念だけに期待が高まるのも当然だろう。現に多
くの産業、教育、公共部門の諸事業において利便性、効率性の向上は著しいもの
がある。
一方、アナログ人間の私にはAIが発展していくと機械が人間特有の意識や感性ま
でも持つことができるのだろうかという素朴な疑問を持っている。危惧するのは
「2001年宇宙の旅」でアーサー・クラークが描いたコンピュータHALが自
らの意思を持ち、自己保身のために暴走して人間を支配してしまうという世界が
出現可能かということだ。意識の究極の姿は独自の意思を持つかどうかにまで至
るのだろうと思う。

 書評に惹かれて本書を手に取ったが、はたして私に内容の理解ができるかと不
安を抱きながら読み始めた。期待を裏切らず、半分も理解できない難解な内容で
あった。著者は南アフリカにベースを置く神経心理学者であり、ケープタウン大
学の教授職にある。本書が刊行された2021年には、ニューヨーク・ロンドンの
精神分析センター長を勤めている。

 理解不十分ながら本書の内容をいくらか紹介すると以下のごとくである。著者
は多くの脳学者、心理学者の見解を参照しながら意識は知識を司る大脳皮質では
なく、脳幹の中核部において知覚をベースにして発生するものとする。例えば大
脳皮質に欠損を生じた水無脳症の少女にも弟にある種の愛情を示すような意識を
認めることができる。従って意識は大脳皮質の作用なくして経験を特徴づける一
貫した全体像へ結びつけるものと仮定する。しかし、このような機能はインター
ネットでも実現可能と言える。意識が何かを定義することは極めて困難だが、著
者は「感じ」が意識の本質とする。では、「感じ」とは何か。これには非物理的
な要素を持つ生物由来のものと考える説があり、これは「感じ」の根底には身体
的欲求があるのだが、外部からの知覚を無意識的な意思性、即ち潜在的な精神機
能と捉える。   
一方では、それを機械的に捉えることができ、物理的な法則に還元できるとする
説もある。非物理的なものは固有の経験だとする学者もいる。難しい諸説を省い
て短絡的に要約すると「意識」「感じ」が物理的な機能であるのか、生理的な機
能であるのかは簡単には結論付けられるものではないらしい。確かに、本書には
触れられていないが、我々が芸術やスポーツに感動するのも「感じ」の一種であ
ろう。果たしてこれが物理的な機能と言えるのだろうか。感情は情報処理の一形
態ではないとする説も有力だ。

 このように難解な議論を経ているのだが、人間の脳をはじめとする諸器官が機
能するのはあらゆるところに張り巡らされたニューロンに電気的刺激がゼロ・イ
チの信号でやり取りされて出来上がるのは間違いない。痛いもかゆいも、楽しい
も悲しいもこの単純な情報のやり取りなしには感じられない。複雑さの程度を別
にすればコンピュータと同じアルゴリズムによることになる。

 これを前提に、著者は心の問題と知性の問題は異なり、感情は情報処理の一形
態ではないとは言え、脳活動のパターンを再構成し、「感じ」を産むコンピュー
タ・システムの開発は将来恐らく実現できるだろうと考えている。

 意識は第一に脳幹上部で生成、第二に基本的に感情的なもの、第三にホメオス
タシス(生体恒常性)が拡大したもの、最後に自由エネルギー原理に基づくもの
と定義している。その上で感じる機械を作る倫理性に誰がどのように介入出来る
のかは難しい問題であること、知性と自己保存的な動機が組み合わさると潜在的
な危険性は甚大であることを指摘する。そして、その時に我々が取りうる手立て
は第一に機械の電源を切る、第二に特許化で歯止めを作る、第三に当事者が多く
の意見を聞き開発するなどしかないとする。

 結局は開発に携わる人々および実際に運用する人々の善意に頼る以外に道はな
さそうである。当初に触れたHALが起こした悲劇が実現しないことやジョージ・
オーウエルが著した「1984年」の支配者ビッグ・ブラザーがあらゆる情報を
集中することによりがんじがらめの閉鎖的な情報管理社会が形成したことなどが
実現しないことを願う、と共に現実世界では、便利な機能が邪悪な指導者たちに
よって安易に武力や紛争、独善的支配に利用されないことを祈りつつ、AI進歩の
行方を見守っていきたい。
 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆【私の一言】☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

           『「賢く縮小」について』
────────────────────────────────────
                              庄子 情宣


 京都大学の森知也教授によると、「100年後の日本社会は、人口は江戸時代レ
ベルまで減り、都市は激減し、都市内部でも特定の地域に人口が集中、都市以外
の地域の人口減少はさらに深刻化します。こうした人口減に対し都市は都市なり
に、その他の地域はそれなりに豊かな暮らしができる構造を作る必要があり、そ
れには「賢く縮小」することを考えることが不可避」と指摘されています。

 つまり、人口減少、人手不足、インフラ老朽化が同時に進む現下の日本の社会
環境では、このままでは学校・病院・道路・鉄道などの社会資本の維持費が重く
なる、行政サービスが薄くなる、コミュニティが壊れ孤立が増える等の問題が生
ずる。一方、財源に限りがある等から何も考えずに縮小することは、生活の質が
下がることになるということです。従って、今後の日本は、「減ることを前提に、
どこをどう守り、どこを手放すかを賢く選び、生活の質を上げていく縮み方」を
目指すこと、つまり「賢く縮小」することを重要な政策課題に置くべき時代にあ
るということです。

 この政策は減ることを恐れず、将来に向かって社会を整えるとする考え方を基
本内容とし、社会資本、行政サービス等各種政策について目的に合わせて「選択
と集中」を実施するということです。
この「政策の重要性については、インフラの老朽化、地方での過疎化等を背景に、
すでに認識されて実施されてきた面もあります。しかし、日本人の成功体験とし
ての拡大志向は強く、縮小することは一般的に受け入れられにくく、
「賢く縮小」の考えの浸透度は低いのが現状とみられます。
さらにこの「賢く縮小」政策の基本内容は、政策の「選択と集中」であり、これ
は「痛み」を伴ことも少なくなく、現在の選挙制度の下ではその実行は容易では
ないといえます。しかし、これは日本の人口動態からして一刻も早い実施が不可
避のものと考えられ、日本社会全体が拡大思想から脱却と質の向上への発想の転
換が必要です。

 この政策が実現できない場合、イーロン・マスク氏の「日本は存在しなくなる」
発言ように日本は滅びる可能性も出てくるとみられます。
早急に「賢く縮小」を目指す長期国家運営ビジョンを作成し、着実な実行に進め
る体制づくりが必要であると考えられます。そのためには、政府の強力なリーダー
シップが不可避です。この大転換期には、国民の発想の転換とそれに基く政治を
大胆に推進できる有能な政治家の出現が不可欠ですが。

                                   
              編集後記
           ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴
          「中秋の名月」は十五夜とも言い、中国の中秋節に由来する風習が平安時代の
     貴族文化を経て、江戸時代に庶民の収穫感謝行事として定着した伝統行事です。
     月見団子や里芋、ススキを供える習慣には、自然への感謝や豊作祈願等が込めら
     れています。今年の「中秋の名月」は9月25日(金)でしたが、近年の異常気象の
     影響からか、前後の台風の影響もあり、あまり天候には恵まれませんでした。
     月をめでる行事としては、日本には十三夜もあります。 旧暦の9月13日の夜を
     指し、平安時代に醍醐天皇が月見の宴を催したことに起源があるとされています。
     日本独自文化ですが、十五夜同様、月をめでつつ旬の食べ物を飾り自然に感謝し
     たようです。今年の十三夜は10月23日(金)です。今年の十五夜は必ずしも天候に
     恵まれませんでしたので、せめて十三夜には、月をめでつつ自然に感謝し異常気
     象もなく穏やかな日々が過ごせることを心から祈念したいと思います。

 
本号のご支援ご協力有難うございました。(HO)
∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴
   第538号・予告
   【   書 評  】   岡本弘昭『組織の盛衰』(堺屋太一著 PHP文庫)
   【 私の一言 】  吉田竜一『老害について』