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                                  2024年6月15日

                                          VOL.492
                            評 論 の 宝 箱
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  第492号・目次
     【 書 評 】  片山恒雄 『生命の意味論』(多田富雄著 新潮社)
  【私の一言】 福山忠彦 『SDGs達成には「世界の人口増加の抑止」がカギ』



【書評】

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 ◇                                 『生命の意味論 』
 ◇                            (多田富雄著 新潮社)              
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                                      片山  恒雄


 著者は免疫学の世界的な権威であるが、一方において免疫をテーマにした能の戯曲を著作するなど洒脱な一面も持っている。最近のコロナの流行により、抗原、抗体および免疫などの言葉が、メディアにたびたび登場している。抗原は外から人体などに入り込んだバイ菌の一種である。抗体は抗原が体内に入り込んだ時、これを迎え撃つ蛋白質の一種である。我々が受けたワクチンの接種は抗体を体内に作り出すためのものである。
一方免疫とは生物の個体が「自己」と「非自己」とを識別して、自己を守るための機構の一種である。免疫の働きを担うのは、白血球やリンパ球など血液に含まれる一種の細胞である。

 二十世紀における科学の三大壮挙とは、量子力学と相対性原理およびDNAの二重螺旋構造の発見と言われている。特に最後に挙げたDNAという遺伝子の発見は、1953年に二人の若い科学者、ジェイムス・ワトソンとフランシス・クリックによるもので、三十億年前に地球上に誕生した生物の基本設計図であり、人間ばかりかミミズや大腸菌にも共通している。こうして分子生物学を根底から塗り替えてしまった。

 西欧文明例えばキリスト教では、神によって保証された人類のみが、ほかの動物を支配する権利を与えられていると説く(創世記)。一方東洋特に仏教では、「草木国土悉皆成仏」という言葉が示すように、生命のあるものはすべて平等であると説く。仏教思想はDNAの発見を予見していたと考えられなくもない。

 人間の体内の三千億個以上の細胞が毎日死に、ほぼ同数の新しい細胞に置き換えられる。それなのに、「自己」はさほど変わることなく自己としてのアイデンティティを保ち続ける。いったい自己とは何なのか。受精卵が細胞分裂していくどの過程で、自己が生まれる(覚醒する)のであろうか。植物の枯葉は風に吹かれて散っていくのではない。
「立ち枯れ壊死(えし)」するのである。植物の細胞も自ら死のプログラムを発動させて、積極的に落葉することが最近分かった。「壊死」はギリシャ語でアポトーシスという。
アポは「下に、後ろに」、トーシスは「垂れる、落ちる」を意味する。ここから「死」の現象を研究する生物学がスタートする。「生」の生物学と比べてずいぶん遅い始まりである。アポトーシスは人間の性の決定にもかかわっている。男性生殖器の輸精管の大もとになるウォルフ管は、男性ホルモンの影響で発達するのであるが、その時女性生殖器の輸卵管の大もとであるミューラー管がアポトーシスによって退縮していく過程が絶対に必要である。ミューラー管の細胞が死ぬという過程が起こらなければ、男性生殖器は完成しないし、人間はみな女性あるいは両性具有者になってしまう。言葉は魔力を持っている。アポトーシスというギリシャ語が生物学者の知的好奇心を刺激し、遅まきながら死の生物学がスタートしたのである。

 人間は死んでもDNAは子々孫々受け継がれて存続して行く。こうして見ると生物がDNAを利用しているのではなく、DNAが生物という乗り物を利用して、三十億年にわたり、辛抱強く生命の進化を手伝ってきたという逆転の発想が真理に思えてくる。中国の古い話に、蝶になった夢から覚めた人間が、「果たして自分は人間なのか、人間になった夢を見ている蝶なのか」を自問している話を思い出す。

 ソ連のウクライナ侵攻により、現在世界は二分されているが、そのわずか前には世界の生物学者が協力して、短い期間でゲノム(DNAの全体像)を解明したことを忘れてならない。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆【私の一言】☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

         『SDGs達成には「世界の人口増加の抑止」がカギ 』
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                                福山 忠彦


 今から50数年ほど前、職場で「Limits to Growth」という本を皆で訳そうという声が上がりました。システムダイナミックスというコンピュータシミュレーションを活用した未来予測技法に関心を持っていた私は真っ先に賛同しました。私たちの翻訳の終了前に、この本は「成長の限界」として各国で翻訳され世界中で3,000万部以上に及ぶ大ベストセラーになりました。SDGs(持続可能な開発目標)という言葉を聞いたときに、真っ先に思い出したのは若き日のこの「成長の限界」という本でした。

・「成長の限界」は5つの要因「資源」「経済」「人口」「食料」「汚染」を変数にし     た世界の持続的繁栄を模索したシミュレーションモデル
スイスのシンクタンク「ローマクラブ」が米国のMITのメドウズ教授を主査とする国際チームに研究を委託し1972年に発表されました。「資源」「経済(工業生産高)」「人口」「食料」「汚染」の5つを変数とした膨大なシミュレーションモデルです。結論は「人口増加や環境汚染などで現在の傾向が続けば、100年以内に地球上の成長は限界に達する」という驚くべき内容でした。シミュレーションは成長を続ける人口と経済(工業生産高)が、地球の食料供給能力(耕地と収量)、資源供給能力、そして汚染吸収能力との関係で持続可能な将来につながるのか、崩壊するのかを検討したものです。人口は労働者と消費者を供給します。また、たとえ生産設備があっても原材料やエネルギー資源が十分に採算可能なレベルで得られなければ工業生産を続けることはできません。そして生産活動の結果生じる汚染を吸収し分解できなければなりません。このようないくつものトレードオフ要因を数値化しグローバルモデルを策定し、2100年までどのようになるか検討されました。
14のシナリオのいずれも持続的な成長には限界があることが示されました。 

・爾来50数年 私たちは今これをSDGs(持続可能な開発目標)として国連を主体として2030年まで世界中で取り組み中
「成長の限界」から50数年たった今、私たちは極めて難しい舵取りに直面しています。本来、成長は重要な原動力です。しかし、全ての人がそれを求めると地球資源や人口扶養能力は耐えることが出来ません。人口が16億人だった1900年頃であれば何の問題もなかったことも、その5倍近くの人口を持つ今日においてその影響は比較になりません。再生可能資源へのシフト、リデュース、リユース、リサイクルなどの循環再生型経済が進められていますが、異常気象や温暖化問題という地球そのものに対する危惧が80億人まで膨れ上がった人類の課題となりました。「成長の限界」が本当に差し迫った事態となりました。
SDGsは2015年の国連サミットで採択された2030年までの国際的な目標です。2030年までに達成すべき17の目標と169のターゲットから構成されています。2022年に折り返し点を迎え、残りはあと6年です。
新型コロナウィルスの流行や各地での戦争の影響で多くの目標が停滞または後退している状況です。

・目標達成は難しく最新の報告では日本は166カ国中21位、残り6年あまりだが国ごとの 跛行性が大きい
 国連発表のSDGs達成指数では世界平均指数66.7に対し日本は79.4であり順位は21位でした。1位はフィンランド、4位ドイツ、6位フランス、11位英国、31位韓国、39位米国、49位ロシア、63位中国、112位がインドでした。日本は17項目のうち達成済みは『質の高い教育をみんなに』『産業と技術革新の基盤を作ろう』の二つで、逆に深刻な課題があると指摘されたのは「ジェンダー平等を実現しよう」「つくる責任、つかう責任」「気候変動に具体的な対策を」「海の豊かさを守ろう」「陸の豊かさも守ろう」でした。

・特にグローバルサウスでの人口増加が課題であり、この問題の解決には地球全体で共有化が必要
 SDGs達成が低く大きな課題となっているのがグローバルサウスを中心とする低所得国や人口増加国です。国連の「世界人口白書2024」によると世界の人口は81億1900万人です。
右肩上がりを続け2050年には98億人となり2100年頃に110億人でピークを迎えると予測されています。2050年までに予測される世界人口増加の過半は多い順にインド、ナイジェリア、パキスタン、コンゴ民主共和国、エチオピア、タンザニア連合共和国、インドネシア、エジプトです。サハラ以南アフリカの人口は、2050年までに今の倍になると予測されています。
更に厄介なことは日本や韓国のように人口減少が続いている国もあり世界各国が足並みを揃えた対応が難しくなっていることです。

・持続可能な社会形成のために、国連主体で今すぐに人口増加を適切に管理すること
 2019年女性一人当たりの出生数はサハラ以南アフリカが最も高く4.6人でした。人口増加が顕著な国は飢餓や栄養不良と戦う取り組みが必要です。これらの国に対しては2030年のSDGs終了時点を待たずに早くアクションを取ることです。総花的で人類の人口に手を付けない現行のSDGsは片手落ちです。これは人類の我がままかもしれません。それに背を向けてはいけません。持続可能な社会形成のカギを握るのは世界の人口です。50数年前のローマクラブによる「成長の限界」も「世界人口抑制の考え」を指摘しています。日本では人口減少に苦慮していますが地球レベルでは人口抑制が必要です。国連に2030年を待たずに人口抑制計画を働きかけましょう。
皆さん、是非この課題に関心を持ってください。私たちの地球の存続のために。


 編集後記
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  犬笛と言うのがありますが、これは犬にしか聞こえない周波数の音を奏でる笛のことです。
  英語ではドッグホイッスルと言いますが、選挙の季節になると欧米ではこの言葉を時々耳に
  するそうです。これは犬にしか聞こえない周波数を比喩的に、差別意識の強い人を刺激する
  差別助長のメッセージをさりげなく盛り込んだ選挙広告のことを言うそうです。前回の大統
  領選挙でトランプ米大統領陣営が作ったCMもその典型だったそうです。つまり、政治家が、
  特定の支持層だけに分かる言い回しを用いて、思考や行動を操作する政治手法の一つです。
  日本では、政治手法として犬笛の話は現時点ではあまり聞きませんが、情報手段の多様化も
  あり7月の都知事選あるいは秋に想定される国政選挙など、政治家の発言はその真意を十分
  察知し選挙に対応することが必要のようです。


  今号もご愛読・寄稿などご支援ご協力有難うございました。(H.O)

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  第493号・予告
 【 書 評 】 岡本弘昭 『長生きが地球を滅ぼすー現代人の時間とエネルギー』
            (本川達雄著 文芸社文庫)
 【私の一言】 吉田竜一『アテンション・エコノミー(関心を競う経済)』
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