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                             2024年4月1日 VOL.487

              評 論 の 宝 箱
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  第487号・目次
 【 書 評 】 三谷 徹『ジェンダー格差』 (牧野百恵著 中公新書)
 【私の一言】 吉田竜一『教育の効果は時間がいる』

 


【書 評】
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 ◇            『ジェンダー格差 』
 ◇           
 (牧野百恵著 中公新書)              
 ─────────────────────────────────────
                                 三谷 徹


牧野氏はアジア経済研究所に属する開発ミクロ経済学、人口経済学などを専門とする
女性エコノミストである。本書は2023年に発刊され、世界各国の経済学者がジェンダーについて、実証経済学の立場から研究した種々の格差データについて考察した著書である。

 冒頭WEF(世界経済フォーラム)が発表した2023年のジェンダー平等に関する日本の指数数値と国別順位が示され、日本は146国中125位とG7のみならず、東アジア太平洋諸国の中でも最下位にある。指数は健康(健康寿命、出生時男女比)、教育(識字率、中等・高等教育就学率など)、経済(労働参加率、賃金格差など)、政治(議員比率、閣僚割合など)の4分野で構成され、日本は健康、教育ではまずまずだが、経済123位、政治138位とインフラ分野に比べ施策、活動領域では著しく平等から遠いと認識されている。

 著者はジェンダー平等と豊かな社会という経済学の目標がどうつながるかを考察するが、その相関関係と因果関係は異なるとする見解を披露する。例えば「女性が重視される文化」という風土は議員数や福祉の充実と相関関係にあるが、原因と結果としての因果関係はない。社会学と異なり実証経済学が対象とするのは、明確な原因と結果をもたらす施策を探ることにある。この視点に立つと私達が普段常識的に捉えていることが、必ずしも因果関係に相当しないケースも生じる。また、生身の人間の生活に関わる事象のため、実証実験自体困難であり時間もかかる。

 例えば女性の労働参加率は一般的には平等に資するし、経済にもプラスとされるので先進国ほど高いと認識されよう。確かに一部のサハラ以南や南アジア、イスラム国家では女性を外で働かせることを否む国が今でも存在する。しかし、一方貧困国の女性は貧しいが故に生計補助、口減らしなどで子供の頃から労働力とならざるをえず、参加率を高めることもある。先進国でも家庭の電化が進んだ成長期には女性の就業率が高まったが、ある時点からは二層化が進むことや所得、年齢水準によるU字カーブ化なども見られる。日本の場合、確かに女性の労働参加率は上がっているのだが、非正規雇用やパートタイマーにより支えられているので、賃金格差の縮小や家事労働の軽減につながっていない。ジェンダー格差縮小のためには、自己決定権、家庭内交渉力の向上が不可欠と著者は論ずるが、これも欧州などの比較的平等の進む国々でも高学歴、高収入の女性に限られ、最も支援が必要な低学歴、低収入の女性には及ばないというジレンマがある。結果として女性の中での二層化を助長してしまう。

 著者は、ジェンダーを取り巻く風土、規範、ステレオタイプ的思い込みなどの検討を交えて、労働参加や賃金だけでなく結婚、出産、育児など人生の様々な局面でのジェンダー格差の実態とそれをもたらす要因を紹介しているが、読めば読むほど一筋縄ではいかないとの思いを強く持つ。これらの詳細の紹介は略するが、印象に残ることが二点ある。

第一は人権と民主主義の殿堂ともいうべき米国がジェンダー平等では決してトップ水準にはなく、先進国の中ではせいぜい中位にあることである。さらに著者は連邦最高裁が多くの州の人工中絶を違憲としたことに女性の健康への悪影響と自己選択権喪失の両面で大ききな懸念を示している。
第二は日本であるが、OECD加盟国で日本と韓国は男女の労働時間、家事時間の差が突出して大きい(労働時間;日韓は男女比1.5倍、西欧1.2倍、家事時間;日韓5倍、西欧1.5倍程度)ことである。育児休暇制度の拡大、保育施設の拡充などインフラは相応に整備されつつあるが、活用はまだまだということである。日本の育児休業制度は世界で最も進んだ制度になっているらしい。しかし、運用面では日本男性の育休取得率は突出して低い(日本2021年14%、OECD2019年平均50%)。どうやら「佛作って魂入れず」の状態になっているようだ。このような状況は他の施策でも同様ではないかと危惧する。

 そこで私見ではあるが、以下の諸施策を政府が率先して進めるべきと考える次第である。
1.女性の労働条件の改善;時短の推進、テレワークの推進、AI活用による事務作 

  業の軽減、事業所保育施設の拡充(男性も同様だが)
2.女性の出産、育児休退職後の復帰を容易にする施策を官民ともに充実、強化する

  こと
3.育児休暇取得施策の拡大支援策の検討、推進(何が阻害要因かも含めて)
4.上記1.2.3.について中央省庁(とりわけ厚労省、総務省、内閣府)、地方自治体

  におけるモデル事業としての推進と実績公表 
5.女性活用、ジェンダー平等施策について主要経済団体における傘下各社での施策

  徹底と優良事業者の表彰
6.政治分野とりわけ中央、地方議員におけるクオーター制の導入検討

 まずは中央省庁が社会の手本となるジェンダー平等施策の推進を自ら行い、その結果を公表し、民間に波及させることが必要だろう。これらが好循環すれば指数順位も先進国中位までは上げられるのではないか。さらに、女性の労働環境が改善されれば、少子化にも幾らかの改善効果がもたらされるであろう。しかし、それでも低学歴、低賃金の所謂現場労働に従事している女性たちにどこまで恩恵が及ぶか、難しい課題が残るだろう。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆【私の一言】☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

             『教育の効果は時間がいる』
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                                 吉田 竜一


 東大の山口教授は、「30年後の行動を変える教育」と題して概略次々のような記事を日経新聞に書かれている。(24・2・26朝刊)
「人間の価値観や行動を変えることは容易ではない。大人はそれまでに身に着けたものが強固で、新しい価値観を受け入れたり、行動様式を変えたりすることが難しい。大人は、知識を身に着けることはできても、それが実際の行動を変えることにはなかなか結び付けられない。一方、子どもたちへの教育が持つ影響力には計り知れないものがある。
明治大学の原ひろみ教授らの研究によると、かつて、男子は技術、女子は家庭科というように男女で異なる内容を学んでいたが、1989年に技術・家庭は男女共修とされた。このため、77年度生まれの世代からは男女共通の科目を学んだ。一方、76年度以前の世代は男女で異なる科目を学び、これら2つの異なる世代を比較したところ、両者の行動には大きな違いが見られた。つまり、男女共修化後の世代では、それまでの世代と比べ、40歳ごろの時点で男性は25%も休日の育児時間が増え、女性は正規就業が進み所得も11%増えた。中学校におけるカリキュラムが、20〜30年後の行動を変えているということである。つまり、教育はすぐに社会を変えるわけではないが、ゆっくりと、しかし確実に社会変革を起こす。」

 現在、時代は大きく変化しつつある。我が国はこの時流に乗り遅れ経済力も低下し、加えて急速な高齢化と人口減等から、いずれ日本国は消滅するという指摘もあるほどである。
これを回避するには、発想の転換による時代にふさわしい国是の確立と同時に教育を通じ社会意識の変革をおこなうことが不可欠である。しかし、教育による行動変革は相当長期間を要する。従って、日本が消滅を避けるためには、一刻も早く時代に適合した国の転換策とそれに対応した教育の実施が必要であり、そのためには教育の効果という事を強く意識する必要がある。


  編集後記
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  フレイルとは、加齢とともに心身の機能(運動能力や認知機能など)が低下し、健康と
  要介護の中間にあるような状態の始まりをいうそうです。4つに分類されます。
  「身体的フレイル」―疲れやすくなったり、体重の減少や歩行速度が低下する。
  「社会的フレイル」-人付き合いが減ったり、閉じこもり気味になったりする。
  「認知的(心理的)フレイル」―判断力や認知機能が低下する。
  「オーラルフレイル」-滑舌が悪くなったり、食べるときにむせやすくなったりする。

   いずれも早期発見で改善が見込まれるそうですが、これらを予防するのは次の4つを実践
    することだそうです。
    ◆毎日の「運動」で筋力を維持強化
    ◆「食事」で筋肉のもとになるたんぱく質を多く摂る
    ◆「健口(けんこう)」のための発声トレーニングを実践する
    ◆1日10分(+10分)、人との「つながり」をもつ
   ようやく春になり、動植物も活発に動き始めました。フレイル予防の最大の武器は運動だそ
   です。毎日活発に動くことを心掛けたいと思っている昨今です。

   今号もご愛読・寄稿などご支援ご協力有難うございました。(H.O)
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 第488号・予告
【 書 評 】 岡本弘昭『ダビデの星をみつめて』(寺島実朗 NHK出版)
【私の一言】 幸前成隆『克己復礼』
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       ■ ご寄稿に興味のある方は発行人まで是非ご連絡ください。
       ■ 配信元:『評論の宝箱』発行人 岡本弘昭
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