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                                 2023年8月1日
                                   VOL.471


              評 論 の 宝 箱
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第471号・目次
【 書 評 】 片山恒雄 『脳に映る現代』(養老孟司著 毎日新聞社)
【私の一言】 庄子情宣 『日本の科学技術力に思う』


【書 評】
┌────────────────────────────────────┐
◇                       『脳に映る現代』
◇                      (養老孟司著 毎日新聞社)
└────────────────────────────────────┘
                                  片山 恒雄

 著者の本を読むのは、「バカの壁」以来であるが、妙な説得力がある。それはなぜ
なのかと考えて見る。あたかも幾何学で、補助線を一本引いただけで、立ちどころに
正解が見えて来るのに似ている。以下、本書の中で感じ入った著者の言葉を拾い上げ、感想を付けて書評に代えたい。

〇著者は解剖学者である。学生に「四人ごとにグループを作って解剖しろ」と言って
も自発的なグループ分けが出来ない。寮に入れると、個室でなければ小便も出ない。
これは大人にも責任がある。一流大学を卒業し、一流会社に就職させ、これで安全な
未来が確保できたと親は思うが、ミヒャエル・エンデはそれを「時間泥棒」と呼んで
いる。若者の最大の価値である未来を奪っている。未来は柔軟であり、それが若者の
特権だからである。

〇信仰心がなければ人は生きられないという。宗教や神・仏は所詮人間が考えたもの
である。日本には八百万の神がおられるので、宗教者より信者の方が忙しい。いろい
ろな信仰の中で、薬信仰者が大変多い。しかし著者は薬をまず飲まないという。人体
というむやみに複雑な化学物質の集合体に、新たな化学物質を加えたら何が起こるか、自分の理解力を信用していない。例えば抗生物質は、細菌という単純な物質に効くのであって、人間に効くわけではない。私に残るのは副作用だけである。

〇著者はフランス料理を食べると、必ず胃腸の具合が悪くなるという。理由は白ソー
スにある。人間にはこうした個人差がある。言い換えれば誰にでも共通する共通部分
と、一部の人しか持たない特異な部分とがある。哲学ではこれを個と普遍という。生
物は出来るだけ様々な状況に対応できるように、体の構成を多様化し、種としての生
存を可能にしてきた。しかし脳だけは統一しようとする。だから「心身ともに健康」
というほど単純なものではない。

〇文部省に科学研究費を申請するにあたり、「研究の有用性」と「将来性」を書く欄
が新設された。役人の目に基礎研究は役に立たなくてはならないという常識が成立し
ている。あらかじめ判る位なら、「研究」とは言わない、「技術」である。だからこ
の国の科学技術は発展するが、科学は発展しない。学問が世間に追従しないように、
古くから学問の自由が保障されて来た。学問を曲げずに、世の中とどう折り合いをつ
けるか。大学の将来は決して明るくない。

〇人間は言葉によって「切る」つまり境界を発生させる。しかし木と草の境界ははっ
きりしない。手と腕も同様である。生死は歴然としているようであるが、生は一生、
死は瞬間である。死によって法律問題が発生する。つまり死亡時刻を決めて、生と死
を切り分ける。しかし死亡時刻は単なる約束事に過ぎない。脳死はそれを明瞭にして
しまった。言葉では切れても現実は連続している。そこから言葉と現実の矛盾が生じ
てくる。

〇人は死後の世界にこだわる。特に最近はそれが流行しているようである。なぜ人は
死後の世界を知りたがるのか。正統の仏教の教義には、死後の世界はない。「霊魂不
滅」というのは外道の教えである。西方十万億土と言うが、人間の体を構成している
髪の毛・毛穴・爪・骨その他もろもろを合計すると十万億になる。つまり浄土とは自
分の体のことを言う。だから浄土は南にある。「皆身(みなみ)にある」とは一休宗純
が言ったのだから、むろん洒落ではない。未来は計測できない。だから一足飛びに死
後の世界に思いが行くが、実は死後の世界はない。死後の世界があるという人は、心
理的に必要であるから、そう主張するだけのことである。やはり一瞬先は闇なのであ
る。孔子は論語の中で、「まだ生を知らず、いずくんぞ死を知らん」と言っている。
これは、「死を知る前に生を知れ」と言外に表現しているのであろう。

むすび
 著者はこの本の題名を「脳に映る現代」とした。人間には、視覚・聴覚・触覚・味
覚・嗅覚など様々の情報吸収機能があるが、いずれも脳に集約され、統御される。そ
の脳に現在の世相はどのように映っているか。しかもその背後には著者である養老氏
がいて、冷静な目で文明批判をしている。氏の若者を見る目は厳しいが、祈るような
期待と温かさに満ちている。それは長年にわたる教育者としての眼差しである。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆【私の一言】☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

             『日本の科学技術力に思う』
──────────────────────────────────────
                                庄子 情宣

 「財務省が発表した2022年の国際収支速報によると、22年のサービス収支は、5.6兆円の赤字だが、その大部分が、通信・コンピュータ・情報サービスなどの「デジタル関連」で、22年の赤字は4.7兆円にのぼる。これは、日本の技術面での立ち遅れの結果が、国際収支でも顕著に現れてきたといえる。これは日本の産業が高度サービス産業に転換できていないことであり、イノベーションを怠った結果である。」という指摘がある。(ダイヤモンドオンライン・野口悠紀雄教授)

 つまり、これは日本企業が、低金利と円安の中でイノベーションを怠ったためであ
り、このままでは日本に未来は開けないのではないか。改めて抜本的に科学技術立国
のための方策を考える時期にあるということである。

 文科省の「科学技術指標」によると、日本の自然科学系の論文数は、08年-10の世
界3位から18年-20年には5位に順位を下げ、研究の質の高さを示す引用数上位1%の論
文数は10位にとどまるなど研究力の低迷が目立つという。この原因の一つとして研究
者の卵である博士号取得者の減少が挙げられている。博士号取得者は各国が育成し中
国や米国ではここ20年間で2倍以上に増えているといわれている。これに対して日本
は人口が半分程度の韓国より少ないのが現状であると指摘されている。これには研究
者の待遇や環境にも問題はある。

 しかし、さらに重要なのは、日本はその存立や繁栄には科学力、技術力が不可欠と
する国民的認識が不十分であり、それに沿った人材の育成も不足している。人材投資
ということが言われている。投資にはそれを生かす期間と資金を必要とする。改めて
人材育成の方法を学校教育の段階から考える直すべき時が来ているのでないか。


編集後記
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例年水準の酷暑を通り越した今年の暑さです。いかがお過ごしでしょうか。
過日、PC上で見つけたシルバー川柳をご紹介します。私はこれを見て苦笑するとともに
わが身を反省しながら過ごしている昨今です。

・老いるとはこういうことかと老いて知り
・メモをしたそれをどこかに置き忘れ
・ファスナーを閉め忘れして妻の声
・つまずいて何もない道振り返り
・脳ボケにSTOP細胞ないかしら
・スーパーに運動目的物買わず
・元酒豪今はシラフで千鳥足

今号もご愛読・寄稿などご支援ご協力有難うございました。(H.O)∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴
 第472号・予告
書 評 】 岡本弘昭 『徳川家康ー弱者の戦略』(磯田道史著 文春新書)
【私の一言】 幸前成隆 『言、時を得るか』

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