ソースティン・ヴェブレン「キリスト教の道徳と競争体制」(翻訳) | 書と歴史のページ プラス地誌

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私の郷里の上越地方(糸魚川市、上越市など旧頸城郡)の歴史・地誌をはじめ、日本列島、世界の歴史・社会・文化・言語について気の向くままに、書き連ねます。2020年11月末、タイトル変更。

 キリスト教というと、私などはすぐにマックス・ヴェーバーの論考(いわゆる「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の「精神」」)を考えてしまうが、それがキリスト教史の全体を描いたものでないことは言うまでもない。彼自身、その論文がきわめて限られた視点から、ある側面(とりわけ合理化)だけに焦点をおいて書いたものであることを認めている。あえて言うまでもないことである。

 ここに訳出したヴェブレンの論文もまたそうである。彼は、一方で、キリスト教の道徳項目の中で重要と思われる無抵抗主義と謙譲(自制)が、人類のきわめて古風な生活習慣と思考習慣に親和的であることを認めながらも、古典ローマ時代の被征服民=下層階級の思考習慣と関係があることを強調する。他方、近現代のビジネス原理の軸をなす競争体制の方は、近代の小工業・小取引時代の生活習慣および思考習慣と密接な関係を持つことを強調している。この時代には、いわゆる産業革命後の時代(つまり19世紀後半から現在まで)に成立した巨大企業(ビッグ・ビジネス)はまだ現れておらず、多数の手工業者や小取引者のおりなす「競争」(emulation)は、概ね、公正かつ自由なものであった。このことは、近代啓蒙主義の時代の哲学者ジョン・ロックが私的所有(私有財産)は、人が自己の労働によって生産したものを取得し、享受する権利を持つという主張によって根拠づけたこととも関係しており、この点に疑問はないであろう。しかし、それから現代までに産業技術の状態も、企業の規模も、産業における人員配置も、自然科学をはじめとする学問が根本的に変化した。ロックの見解はそのままの形では主張できなくなっている。しかし、このような制度的条件の変化の中で、経済学は(ただ経済学だけが)現実に取り残され、所有のロック的解釈のレベルにとどまりつづけている。(マルクスは、例外であるが、これについては問題が大きいので、ここで論じることはできない。)このように二つの原理は、それらをもたらした制度的条件の根本的な変化のただ中にあるわけであるが、ヴェブレンは、制度派経済学者らしく、その二つの原理を、それらを規定する諸条件の変化と関係づけながら、フォローしている。(ブログの文字数に制限があるので、<序>はとりあえず、以上にとどめたい。)

 

ソースティン・ヴェブレン「キリスト教の道徳と競争体制」

 (Christian Morals and the Competitive System, International Journal of Ethics, Vol.20, No.2, Jan. 1910)
 

【問題の提示 キリスト教の道徳と競争体制は両立するか?】

 現在の唯物主義的な様相と超自然的な事象にかかわる現在の懐疑主義に照らしてみると、キリスト教委の宗教祭祀に関してある問いが考えられてよいだろう。近い将来におけるその運命は、現在の文明体系にとってのその本質的価値と同じく、疑わしいかもしれない。しかし、キリスト教の道徳(モラル)については同様な問いは容易くは考えられない。その諸要素のある点で、この道徳性は、西洋文明の体系ときわめて緊密かつ有機的に結びついているので、その排除は、西洋文化がその西欧的な特徴を失い、エスニックな文明全般の地位に陥ることになるような文化革命を意味するだろう。今日キリスト教世界の経済世界を支配し、経済的局面以外の多くの点で西洋文明を大きい尺度で導いている金銭的競争についても、まったく同じことが言えるだろう。

 両者ともこの文化における第一級の重要性を持つ制度的要因であり、そのようなものとして、どちらか一方に優位性を振り割ることは難しいか、実践不可能であろう。というのは、どちらも支配的な位置にあるように見えるからである。西洋文明は、キリスト教的でもあり、競争的(金銭的)でもある。またその行程が本質的にこれらの二つの制度的規範の一方より他方の導きの下にあるかどうかを尋ねるのも、無益に見える。そこで、しばしば主張されるように、両者の間に和解できない矛盾があるように見えるならば、この文化の研究者は、次の問いに直面しなければならないだろう。西洋文明は、もしどちらかが、競争の道徳かキリスト教の道徳が決定的に終止状態に陥るならば、衰退し、崩壊するのであろうか、と。

 この二つの規準、すなわち行為体制をめぐる問いにあっては、それぞれがその最善あるいは最も単純な状態で把握されなければならない。すなわち、それは、一方では、多彩な細部の問題でもなく、キリスト教徒の通常の実践の問題でもなく、それぞれのより大きい基本的な原理における合意か分裂かという問題であり、また他方では、競争的ビジネスマンの問題である。どちらの規準にあっても、細部の精緻化と洗練化の多様性には際限(きり)がない。同時に、多くのキリスト教徒は競争的ビジネスに従事しており、逆も成り立つ。日々の多様な事態のもとでは、受け入れられている道徳性の諸原理も、ビジネス競争の諸原則も静かな、あるいは混乱のない行為の経過の中で働いてはない。環境は、彼らが自分の慣習化された行為の原則を実現しようとする努力する中で、ある程度の妥協とはいわなくとも、賢明な適応を絶えずおしつける。それでも、どんな近代社会でも、これらの原理の二者とも、生活を通じて活発に現存している。それらは、個人的な実践の決疑(casuistry)の中で賢明な適応に従っているとしても、現在の生活体系が根本的に変化しない限り、終止しなかったのである。キリスト教の道徳と金銭的競争の道徳性の両者とも、この西洋的な生活体系に緊密に包含されている。というのは、生活の体系はこれらから、また同じ様な思考習慣から成り立っているからである。この二つのものは、最善の状態で受け取られるならば、お互いに促進し、強化しあうだろうか? それらは相互的な助力または妨害ももたらさずに作用するだろうか? それとも相互に抑制しあい、打ち負かすのだろうか?

 

【二つの原理は、ともに思考習慣であり、生活習慣と関連しながら生じたものである。】

近代科学に照らしてみると、キリスト教道徳または金銭的競争の原理は、どんな他の行為の原理とも同じく、ただ単に広まっている思考習慣として受け取らなければならない。またこれに照らしてみると、どちらの本質的な利点、永久的価値についても、疑問はまったく考えられない。それらは、人間的に語ると、西洋文明の成長の中で生まれた制度である。それらの発生と成長は、この文化の生命史の中の出来事、またはおそらくエピソード――この文化の行程中に生活の原理によって生み出され、文明の一局面としてその性格にとって多少とも固有で本質的な思考習慣――である。それゆえ、それら相互の、またはそれらを包含している文化体系との一貫性の問いは、その発生をもたらした条件、制度として持続力についての問い――それぞれが由来し、それゆえ、各人が(おそらく)適応させてきた過去における経験の原理についての問い――に転じる。複合的な文化状況の中での生活の事態および経験の原理は、多く、多様である。またどんな文化の局面も、多様な制度的成長を、お互いに両立できず・また同時に(それらが通過してきた)文化状況の持続的生命と両立できない行為習慣を、生み出すことは、常にありうる。滅んだ歴史上の文明、とりわけより偉大な文明は、通常、そのような疾患のために滅んだように思われる。もしキリスト教の道徳と金銭的競争が同じ、または似たような慣習化の副産物であるならば、おそらく、それらの間には両立不可能性や矛盾はまったくないであろう。さもなければ、それは公然たる疑問である。

 

【キリスト教の道徳の基本的特徴(無抵抗主義と謙譲)について】

 そこで、一方で、その神的あるいは超自然的な起源、力および権限の、またその真実およびその本質的な利点と欠点というあらゆる問いを離れて、文明人にとって習慣的となった精神的態度と考えられる・このキリスト教の精神の人間的な由来をたどることが可能となろう。

 その祭祀と信仰の多くの変種の細部と変異も、同様に、賢明な分析によって、過去の文明生活によって強化された習慣の中にその起源が求められ、またこの根拠にもとづいて、後世の文化の変わりゆく諸条件の下で生存するために適応したという評価がなされることとなろう。しかし、そのような細部の研究の仕事は、ここでは実践可能でもなければ、必要でもない。その変種は多く、多様であるが、それらのあらゆる多様性と不一致にもかかわらず、それらには共通する特定の大きい特徴があり、それによってキリスト教的と認められ、エスニックな祭祀および信仰と対比されることになる。

 それらのほとんどに浸透していて、それらを非キリスト教的な精神世界から区別する・ある特定のキリスト教的な魂(animus)がある。これは、おそらく、キリスト教の多くの信仰と祭祀の一般的な組織よりとりわけその道徳原則の方に当てはまるだろう。このキリスト教的な魂の特定の基本的な特徴は、その始まりに顕著に全面に出ており、優勢そして衰退と運命を変えながら、全体としては、現在まで続くか、破壊されずに生き延びてきた。これらは、無抵抗(謙譲)と兄弟愛である。おそらく、何かもっと付け加えてもよいかもしれないが、これだけは、初期および後期のいくつかのキリスト教の変種に、かなりの程度、共通している。またこの他に共通する原理を含めることは、キリスト教だけでなく、そのようなエスニック祭祀の特定のものにも共通するような道徳原則の場合を除けば、議論の余地があり、危ういことになろう。ここに挙げた二つの原則についてさえ、それが(他のすべての心の精神習慣を除いて)特別に、また特徴的にキリスト教の精神に属することについて、議論となりえよう。しかし、これらの諸原則がキリスト教的精神に本質的であること、またそれらが全能の同定のしるしとして習慣的に役立つことは、少なくとも許容しうる見方である。これらのいずれかを排除するか、最終的に廃れてものとすれば、その祭祀は、現在承認されているこの用語においては、もはやキリスト教的と言えなくなくなるだろう。主に倫理的性格のものではない多くの他のこと、例えば一神教、罪と贖罪、そして終末論的審判、その他のように、キリスト教体制のかなり完全な特徴づけを行なうために付け加えなければならないだろうとしても、である。しかし、ここにあげる二つの原則は、直接にキリスト教の道徳に関係している。それらは、実に、キリスト教の運動が始まったときの精神資本であり、またいまだにそれが生き延びる力を与えている特徴なのである。

 これらの原則は、通常、人間性自体の本来的な形質、本能的、衝動的に、抑圧の単なる不在によって現れる人類の先天的および遺伝的な形質ではないと、通常、考えられている。少なくとも、そのようなことが、事実上、これらの精神的な性質が罪深い人間性の遺産ではなく、神の恩寵の賜物であると考えていたという点で、キリスト教の信仰の教えである。そのようにそれらの起源とそれらの習得を人々の継起的世代によって説明することは、キリスト教道徳のこれら二つの主要な支柱には同じ程度に妥当でない。兄弟愛の原理、または相互的奉仕の衝動に関しては、かなり疑問があるかもしれない。

 

【キリスト教の道徳の発生とその制度的条件 低位の文化とローマの支配】

 これは、キリスト教道徳の性格的な形質であるように思われ、この道徳性をより大きい非キリスト教祭祀と区別するための特別なしるしとして役立つかもしれない一方で、あきらかに、キリスト教世界がより人目につかない文化の多くと共有し、かつこれら他の低位の諸文化より高い程度でキリスト教世界を特徴づける特徴である。低位の非キリスト教文化では、とりわけ未開人のより平和的な社会の中では、この種のことがただ遺伝的な性向の力によって広まっているように見える。少なくとも、それは、特別な教えや神の恩寵の目に見える介在にまでさかのぼることなく、これらの低位の文明に属しているように、かなりの程度、見える。またそれは、不明瞭かつ疑わしげに、おそらく散発的に人間社会の生活のいたるところで、それがキリスト教世界の文化的所産というより人類の基本的な形質であることを証するような偏在性の雰囲気をともなって、繰り返されている。この原理は本質的にある種の祖先帰りの形質であると言っても、またキリスト教世界は低位の(平和的な)未開文化の魂への文化的回帰を通じてそれに近づいたと言っても、過言ではないかもしれない。しかし、たとえそのような説明は、本質的に健全であると認められるとしても、キリスト教世界がこの原理に特別なこだわりを持つ理由となった文化的な回帰を説明しない。それが同伴する無抵抗という原理と結びついていることもそれによっては説明されない。

 この二つは、キリスト教の始まりにおいて一緒に登場し、それ後もずっと、その後の祭祀と道徳規範の変遷を通じて、多少とも分かちがたく結びついている。

 無抵抗と謙譲(自制)という二番目にあげた原理は、キリスト教的行為の初期の定式化の中では、重要性の点で最初に置かれている。これは、文化的に祖先帰り的な形質として、あたかも低位の未開性によって提供されるような古風な文化的状況の派生物として、同じようにさかのぼることはできない。無抵抗は、そのような偏在性と衝動的な回帰の雰囲気をまったく持っておらず、また他の点で明らかに関係のない文化に――とりわけ、人類の遺伝的特徴が、時折、より高度に因習化された文明水準におけるより洗練されていない表現で現れると想定される低位の文化に――当然の事象として、突発的にさえ現われることはない。それどころか、それは、首尾一貫した一神教的宗教およびかなり恣意的な世俗権力を有する・より高度に発展した・より威圧的に組織された文明に、ほとんど全面的に、属している。しかもそれは、これらの文明に常に現存するわけでなく、実際には、通常、現存しない。

 キリスト教は、その発端において、この道徳原理を、キリスト教の運動が取り入れることのできたより古い祭祀または文化のいずれからも、出来合いで受け入れたのではない。それは、受け入れられたユダヤ教の中には、少なくとも強力には見いだされなかった。またそれは、古典的な(ギリシャ・ローマ的な)文化からもたらされたものでもない。この文化はそれをまったく持っていなかった。また今日のキリスト教世界の大きい部分を構成している人々の祖先である野蛮人たちの異教的文化の中にも、それは見いだされない。とはいえ、キリスト教は、その初期の拡大の時代に、無抵抗の原理を満面開花させて船出し、人類がまさにそのような行為原理をあらかじめ準備していたことを証するように思われるような備えをもって、それについての同意と承認を与えている。人類、とりわけ民衆は、キリスト教の初期の拡大が生じたローマの支配領域内では、あきらかにそのような道徳原理またはそのような行為の格言を受け入れる気分にあった。また同じことは、次の4世紀間にキリスト教が広まった辺境諸集団にもしだいに当てはまるようになる。

 人間文化についてのどんな近代の研究者にとっても、そのような原理(思考習慣)のこの迅速な受け入れは、このように道徳的な足場を新しい革命的な道徳原理に移した人類の集団が、最近の経験によって、直近の過去の日常生活の原理によって、あらかじめそれを受け入れやすくするような気分へと訓練されていたに違いないという証拠を与えている。すなわち、彼らは、そのような新しい行動原理が当然の事柄ではないとしても、妥当なものとして推奨されることになるような精神的態度へと訓練されていたに違いない。またそのうちに、この適合的な態度が適合的な規律的な手段によって他の周辺諸集団に強制されるにつれて、キリスト教徒は、その謙譲(自制)の教義(福音)を布教し、変化した文化的状況にもはや適合しない時代遅れの崇拝の地位を奪おうとした。しかし、キリスト教がもっと後に拡大したときには、はっきりとローマの支配下になく、ローマ的原理の長期にわたる経験によってそのような気分にさせられていない諸国民の中では、キリスト教は、無抵抗という道徳性の資本をわずかしか作らない。

 キリスト教が最初に生じ、広がったのは、ローマの支配に服する諸国民の中のことであった。とりわけ、民衆の下層の中のことであり、彼らは、帝国諸都市の過酷な、体系的で逃れることのできない権力によって打ちのめされていた。彼らは、ローマの主人が尊敬する義務を持っていた権利をまったく持たなかった。彼らは、皇帝たちの統治下の異国民であり、実際上は法外民(アウトロー)であった。また彼らは、高度の圧迫下で、無抵抗が人の全面的な義務ではないとしても主な美徳であるという主要な確信を身に着けていた。彼らはカエサルのものはカエサルに返すことを学んでおり、また神のものは神に返すという気分にあった。

 また、概して言うと、キリスト教は、その後にローマ的な原理による利益を受けない宗教と諸民族に広まるとき、これらの諸民族の被った多少とも長期にわたる敗北と希望なき従属の経験に応じて、広まったことも、注目するべき事実である。また無抵抗の教義を親切にも習慣として受け入れたのが、主人の階級よりむしろ服従する民衆であったことも、注目するべき事実である。スカンジナビア諸国やブリテン諸国では、当座の事柄における恣意的支配への服従があまり一貫的に、また持続的に強制されずが、そのような西洋の周辺部の到来者にあっては、無抵抗の原理がそれほど確固と根を張らなかった。またキリスト教世界の諸国民が支配的な階級と服従的な階級にきびしく分化した時代には、無抵抗は、上層階級というよりも下層階級によって受け入れられた。

 実際、かなり同じことが相互援助という伴った原理に当てはまる。全体として、キリスト教を他のエスニックな祭祀から区別するこれらの道徳的規範の諸要素が低生活、そして服従する庶民の道徳の要素であるというのは、それほど大胆な一般化ではない。実践的な道徳心の点では、例えば上層階級の中世キリスト教か現代のモハメット教(イスラーム教)かという選択に大差はない。これらの低生活の道徳心の原理がある程度に普遍化されたキリスト教の義務の原理となったのは、後の時代のことであり、西洋文化がその貴族的・封建的な性格を失い、そのすべての波紋においてではないとしても、典型的な形では、一種の普遍化した低生活文化となったのちのことである。それはこの最近のことにすぎない。また、これらの原理がキリスト教祭祀のより世俗的な部分に最も根づいていることも、いまだに本当である。キリスト教の上層階級の変種は、それらの道徳心の本質において、ユダヤ主義やイスラームからいまだにほとんど異なっていない。上層階級の道徳心は、より低い程度に、無抵抗と兄弟愛の道徳心であり、より大きい程度に、強制的な統制と親切な後見制の道徳心であり、これは、他の大きい宗教制度と対比したときのキリスト教の特徴的な形質なのでは決してない。

 ローマによる破壊と処罰全体の経験が民衆をこの無抵抗の原理にしむけたのであり、こうした経験の中で、服従する諸国民は、通常、彼らが以前に享受していたような階級的差異および差別的権利と特権をも失った。彼らは、かなり同質的な服従状態に落とされ、その中では、一つの階級または一人の人格は、他の階級や人格を犠牲にして得るものがほとんどなく、その中ではまた、各人はまったく歴然として他のすべてのものの援助を必要とした。その制度的組成は、ちょうど地震の時のように、崩壊した。過去から受け継がれた因習的な差別は、その時の状況に直面して、無駄で無意味となった。

 カーストの誇り、そして差別的威厳と名誉というすべての原理が崩れ落ちてしまい、人類を裸で恥知らずにし、また世襲の未開的な人間性を促す方向に自由に従わせたが、これが同胞愛とキリスト教的な慈善に進ませたのである。

 抑制的な因習を禁止すれば、未開人の精神状態に回帰するのはいつもやさしい。というのは、人間性はいまだに本質的に未開だからである。未開人の生活の原理は、選択的でも適応的でも、最も長期にわたっており、おそらくその人種の全生活史における文化のどの局面においても最も厳しいものであった。そのため、人間性は、遺伝によって、いまでも未開の人間性であり、またいつまでもそうでありつづけるに違いない。因襲の圧力が除去されるか、軽減されるときに「永遠のものとして生じる」この未開人の精神的遺産は、謙譲(自制)の原理よりも兄弟愛の原理により伝わりやすいとはいえ、キリスト教道徳心の二つの主要な形質にきわめて伝わりやすい。そして、これが、たぶん、永久的な条件がそれらの持続的な訓練にとって眼に見えて有利でなく、求められることもなかった後の時代においてさえ、これらの行為原理の持続に貢献した主要な条件であるといえよう。

 

【ビジネス原理(金銭的競争)の近代における発生とその後における制度的条件の変化】

 金銭的な競争の土台にある行為の原理は、自然権の原理であり、18世紀に由来するようなものである。それらの原理が普通の道徳心と実践の本体の中に、またそれらの原理の行使する拘束力の中に受け入れられたことについて述べると、それらは、明らかに、近代的文化の派生物である――文書の血統によって、どんな遠い古代がそれらに割り当てられようとも、比較的に言うと、それらには中世における生活体系と権利および義務の常識的理解が欠けている――。それらは、道徳原理としての保証を近代初期の文化的状況の下にある生活原理から引き出している。それらは、そのため、少なくともより完全で、より自由に発展したものとしては、広まっている思考習慣として相対的に最近の日付のものである。たとえこれらの思考習慣の形成に寄与した人間性の基礎的な特徴が他のものと同じほど古いものであろうとも、である。それらの成長の時期は、利己主義(エゴイズム)、自己利益、あるいは、あまりよい呼び方とは言えないが「個人主義」の哲学の時期とかなり密接に一致している。この利己主義的な様相は、中世から近代への移行の時期か、その後の時期に西洋の思想体系の中で支配的な地位を引き受ける。それは、中世的な状況と対比されるような近代的な状況を特徴づけるあの新しい生活条件に適応した結果であるように見える。今日一般的に想定されているように、中世的世界の制度的状況から近代世界の制度的状況への移行を形づくり、導く根本的で統制的な変化が経済的変化であると考えると、これらの経済的変化とそれに伴う近代的ビジネス原理の成長との関連を、かなり確信的に、あとづけることができる。中世的な社会秩序の中では、世俗的な要素は安っぽく思われており、下位に置かれており、小屋の集まりであり、徐々に経済生活の前景に、また統制的地位に入ってくる。そのため、貴族的または騎士的な標準と理想は、生活行動の中で正しく最善なことの世俗的な理解によって徐々に打ち負かされ、おきかえられてゆく。破壊的な搾取および地位という騎士的な規範は、製作者的な効率性と金銭的な力というより卑しい規範に席を譲る。このように新しく従来は無能だった社会の要素に、社会秩序における優先権を、また何に価値があるかという常識的な理解における優先権を、与えた経済的変化は、主として、また特徴的に、手工業と小取引の成長である。それらは、産業都市、市場の発展、個人的事業とイニシアティヴの金銭的な領域、そして金銭的な人・モノおよび出来事の評価生み出しながら、成長した。

 ここでは、手工業と小取引の台頭と進歩に包含され、中世主義の崩壊と近代的な文化体系の台頭をもたらした文化と、また人間性の特徴に詳細に立ち入ることはできない。しかし、物事の表面では、きわめて多くのことが明らかなように思われる。この新しい金銭的文化の全成長において、財の取得とそれらの顕示的消費の両方において大きい競争の要素が作用しているのである。ある程度の金銭的搾取は、騎士的搾取に場を提供している。しかし、競争は、新秩序の動機的な力の全体でもなく、また新秩序のもとにおける行為と利点の標準についてのすべての規範を提供してはいない。近代文化は、その初期の段階にあっては、手工業と小取引の必要に支配されており、差別的利得の理念と同じほど十分に、生計の考慮によって形成され、導かれている。

 新しい経済状況の物質的諸条件は、古い状況の制度的諸条件を許容しなかった。社会には、主としてその日常的な要素(新しい産業的必要がそれを指令する力を手中に移していた)には、何が必要で、何が正しいかということに関する新しい射程の習慣的な観念が強要されていた。近代的な特徴を持つ種類の職業の両者――手工業と小取引――においては、職人でも取引者でも、個人が中心的で効率的な要因であり、そのイニシアティブ、力、知性および分別にもとづいて、自身の経済的な運命および社会の経済的な運命が目に見えて展開する。それは、必然的に個人が金銭的な効率性の土台上で個人と取引する経済状況である。そこでは、集合的連帯の結びつきが個人の経済的(および社会的)関係を統御しており、それら自身が金銭的な性格を持ち、多少とも個人の分別により、また金銭的な関係により作られたり、壊されたりする。またその上、それは、諸個人をしばる社会的および市民的な関係が金銭的な目的のために広く、かつますます形成されるようになる文化的状況である。近代の個人主義は、産業的な目的をもって船出し、産業的な効率性の力によって道を切り開く。またこの制度下の個人的関係が金銭的な形態をとるため、かくして近代的な制度的組織の中で完成され、そこに統合された個人主義は、金銭的個人主義であり、またそれゆえに典型的に利己主義的でもある。

 この個人主義的な時代に特有な思考習慣に依拠する正しい行為を支配する原理は、自然権と自然的な自由という利己主義的な原理である。これらの諸権利とこの自由は、利己主義的な自由であり、個人の自由である。それらは、人格と金銭的取引の自由および保証として要約することができる。これらの自然権の中には、出生、執務室、身分(station)といった大権と不自由(これらは、中世的な社会秩序の下で育った初期の世代の人々にとっては当然の事であり、常識であったように思われる)の残存物は、まったく含まれていない。また、面白いことに、親族の束縛、血族間の紛争、あるいは氏族の同盟(これらは、かつて、親族集団または氏族組織の社会組織が広まっていた文化的時代と領域では、当然の事でもあり、常識的であった)という、より古い権利と義務の残存物もまったくない。これに対して、これらの制度的な要素が(理論上)あらゆる存立を失った一方で、同様な財産の制度は事物の自然的な秩序の要素となった。

 自然権の体制は、手工業と小取引の性質と調和的であるという意味で、自然的である。この間、この金銭的な利己主義の体制が成熟した発展度に達した18世紀から時間は変化した。すなわち、物質的な環境、経済的必要が変わり、その変化した状況の結果生まれた習慣の原理が、その結果、いくぶん異なった結果に向かったのである。これは、自然権の原理の神聖性と唯一の実効性が疑問とされ始めたという事実によって証明されるようなものである。啓蒙的な金銭的利己主義の卓越性と充実性は、もはやこの世代の心にとって当然の事および常識ではなくなったのであり、この世代は現代の機械産業、信用、代議制的な株式会社経営、そして遠距離市場を経験してきた。もちろん、手工業時代に特有なこれらの思想習慣の経済的変化のさらなる結果として、どんな運命がこれらのビジネス原理にとって替わることになるかは、予見できることはない。しかし、もし近代社会が手工業と小取引の時代に照応するような経済体制に戻ることがないならば、それらが結局のところ存立し、効率的のままでいられないことは、少なくとも確かである。というのは、いま問題としているビジネスの原理は、思考習慣の性質を持ち、思考習慣というものは、生活習慣によって作られるものだからである。またこれらの原理を維持し、それらに社会の常識的な確信における効率的な承認を与えるのに必要な生活習慣は、手工業と小取引の体制によって強制される生活習慣である。

 

【結論 二つの原理を支える制度的条件の相違とそこから導かれる想定】

 このように、これら二つの行為規範、キリスト教道徳とビジネス原理とは、二つの異なった文化的状況の制度的な副産物である。前者は、典型的にキリスト教的である限りにおいて、卑屈にも、また不安的ながらも服従的な関係(民衆が後期ローマ時代における彼らの主人に対して、また「暗黒」時代と中世にはより程度は低かったが、大いに取っていた服従的な関係)から生まれ出たものである。他方、後者、つまり金銭的競争の道徳は、手工業と小取引の支配下にあった世俗的生活の必要が生み出した思考習慣であり、その中から、近代キリスト教世界に特徴的な権利と義務という特殊な体制が発生した。とはいえ、この二者には何か共通することがある。キリスト教の原理は、兄弟愛、相互援助を説く。「汝自身のように汝の隣人を愛せ。」mutuum date, nihil inde sperantes. (何も期待せずに、相互に与えよ。)これは、少なくともその諸要素において、低位の未開人の、太古的とはいわずとも、古風な平和的文化に属する文化的に祖先帰り的な特徴であるように思われる。この連帯と相互援助に類似する自然権は、フェアプレイの原理であり、この原理は、金銭的な文明が認めることになる黄金律への最も近い接近であるように見える。これらの一つを他のものに転換させるような(創意または純真性?)が到達するものはなにもない。またフェアプレイの体制――これは本質的には競争体制である――は、黄金律の強制に導かれる。それでも、文化変容の移行全体を通じて、平和的な未開人の黄金律は、西洋人の関心を決して変えなかった。そして、それが人々の確信に固執したことは、おそらく、近代初期のどんな時期よりも今のほうが強いであろう。それはビジネス原理と両立しないように思われるが、神の恩寵が人間の権利によって置き換えられるより前の時代に西洋世界を支配していた行為の原理よりはかなり両立するように思われる。現代生活の光景に対する嫌悪が新体制下で「世俗の謙譲(自制)」にまで達するのはまれである。キリスト教道徳の片方、謙譲、無責任的権威に対する従属を説くあの敬虔な原理は中世の文化に容易に安住したのに対して、相互援助というより人間的な道徳的要素は、金銭的な自助という近代的文化にとってはあまり疎遠ではないように思われる。

 二つの道徳的規範間の両立性の推測される程度は、それぞれを生み出し、それぞれを定着させている文化的な設定の比較によって示されよう。最も一般的に概観し、またできる限り細部を省くと、この西洋的な原理の成長の帰結は次のように描くことができよう。謙譲、自制、自己否定、または無抵抗という古いキリスト教的な原理は、キリスト教の道徳体系からは事実上失われてきた。それの洗練されたみせかけよりましなものは近代的生活にはいかほども広がっていない。その発生のもととなった条件--素手の独裁制と服従者の無力――は、現在と最近については、文化的状況における有効な要素ではもはやない。また現在の思考習慣を形成してきた条件を探し求めなければならないのが最近であることは言うまでもない。

 その共伴原理、兄弟愛または相互奉仕は、少なくとも要素としては、キリスト教の初期の時代に広まっていた社会的条件によって強化され、規定された人間文化の初期の段階におけるその人種の著しく長期にわたる経験による・深く根をおろした古い文化的特徴である。初期のキリスト教徒がそれに与えた素朴で特殊な公式化の中では、この思考習慣もまたその力の多くを失ったか、それともかなり従属に陥った。そのいずれも、現在では、つつましい慈善事業によって、またおそらく消極的なフェアプレイの原理によって示されているが、キリスト教的精神の十分な表現としては、公正に格づけられない。それでも、この原理は、経済事象において、公共善に役立つどんな行動の衝動的な承認でも、また合法性と自然権の限度内でさえ無用な行動の不承認でも、永遠に確認されている。実際、それは、製作者本能のいくぶん特殊化された表明以外の何物でもないように思われ、そのようなものとして、人間性の遺伝的特徴に属する克服しがたい生命力を持っている。

 正しい行動の金銭的体系は、最近成長したものであるが、現在というより近代文化の最近の局面の帰結である。所有権およびそれに伴う金銭的な善と悪の原理をはじめとする・この自然権のシステムは、現在の出来事の首尾一貫した支持をもはや受けていない。手工業の時代に広まっていた条件の下では、所有権は、不平等より平等をめざしていたので、その実践は、実質的に、相互援助と人間的兄弟愛を促す古代的なバイアス(傾き)と顕著に両立しないことはなかった。もし特殊な形態の組織およびその時に世俗生活で支配的となっている規制の精神を心にとめるならば、これはとりわけ明らかだった。手工業、また同様に小取引の体系の市場関係は、個々の職人を前景に押し出し、この職人とその仕事という用語で経済的利益を考えるように人々をしむけた。その状況は職人の生産物に対する彼の創造的な関係を、また同様にこの生産物および共通の福祉への彼の有用性に対する彼の責任を、強調した。それは、財産の取得が主にそれを獲得した人の製作者的な有用性(全体として、ここでは、正直(誠実)が最善の政策だった)に依存していた。そのような条件の下では、フェアプレイの原理と所有の不可侵性は、古い人間的な製作者本能とかなり緊密に接触しており、それが相互援助と共通財に対する有用性とを承認する。他方、キリスト教世界の社会にある人々の現在の経験は、いまやもはや、自然権体制に体現されているこれらの思考習慣を強化するようには作用していない。また所有権の善性、十分性および不可侵性の確信が現在広まっているような技術的および金銭的な事態から生じるとは、ほとんど考えられない。

 かくして、現在の出来事には、これらの原理――思考習慣――がほかならず瓦解の過程にあることを示すものがある。技術および金銭関係に登場してきた革命的な変化とともに、生産物が職人の人格性の拡張の力によって彼に属することを人々に説得するような・職人と彼の生産物との緊密で目に見える関係はもはやない。また有用性と取得との目に見える関係もない。また富の随意的な使用と共同の福祉とにも、ない。フェアプレイと金銭的裁量の原理は、共同の善に対する有用性のために人間の性向によってかつて賦与されていた承認(その承認がずっと最善の状態にあったので、中立的だったのだが)を失った。これがとりわけ当てはまったのは、ビジネスが利潤のための、無作法なとは言わないまでも、非人格的、非感情的な投資の性格を帯びていたからである。現在の状況には、金銭的裁量の自然権を兄弟愛という衝動的なバイアスと連結させ続けるものはほとんどない。またこの状況の精神的原理の中には、これら二者間の結果的な分裂を作り出すものが多くある。競争(対抗意識)と地位の理想の特徴を強く持つ文化的状況への祖先帰りの可能性を除くと、キリスト教的な兄弟愛の原理に具現化された古風な人種的バイアスは、論理的には、競争的ビジネスの金銭的道徳という高い費用を支払って地歩を得つづけることになるであろう。  (終わり)