167回目:尊敬されている人に叱られてよかった | 毎日何かを見つけたい!転んでもタダでは起きない!◆40代ワーママ

毎日何かを見つけたい!転んでもタダでは起きない!◆40代ワーママ

たくさんの考え方や価値観がある中で、みんなが自信を持って意見を言い合い、よりよいところを目指していく、、、そんな世界になったらいいなぁ。

職場やPTA、異なる価値観や考え方の中で日々感じたことを書いています。

おはようございます。

 

先日、陽転エデュケーター仲間の

江角尚子さんの陽転トレーニング

オンラインで受講しました。

 

講座のなかで、

陽転思考を身につけるための

トレーニングとして「よかったカルタ」

使っていました。

 

 

ちなみに「よかったカルタ」とは、

陽転思考の考え方のクセを

身につけるために作られたもので、

 

読み札は

「挨拶したのに無視されてよかった」

など、ネガティブな内容ばかり。

 

それがなぜよかったのか?を

答えながら

札を取るというものです。

 

 

講座の中で、

「尊敬されている人に

叱られてよかった」という札が

出たときに

 

「尊敬している人だから、

話が素直に聞けてよかった」と

答えたのですが、

 

「尊敬している人から叱られたら、

落ち込んじゃうんじゃないかなぁ」と

 

オフラインの現場での反応から、

イマイチ共感を得られなかった

雰囲気を感じました。

 

 

 

「叱られなくなったら終わりだ」と

新入社員時代に上司に言われた言葉が

強く印象に残っているので、

 

たとえ尊敬していない人からでも

叱られたときは、

一応(?)ありがたくは思いますし、

 

それがましてや

尊敬している人からのお叱りで

あれば、

 

座禅中に「喝」と肩をたたかれる

修行僧のように

「ありがとうございます!」

となるので、

 

 

ネガティブな読み札であるはずの

「尊敬されている人に叱られた」

というのは、

 

自分にとっては

ポジティブな出来事だったと

みなさんの反応で気付きました。

 

 

叱られる、という

一見避けたい出来事も、

 

------------------

叱られる

=改善すべき点を指摘してもらった

=改善できると期待してもらっている

 

叱られない

=言っても無駄だと思われている

=どうでもいい人だと思われている

-----------------

 

のように解釈すると、

「ありがとうございます!」と

なるのです。

 

 

そもそも

「叱られた」と言うから

即ネガティブな感情に

つながる気がするので、

 

「指摘された」と言えば、

すぐに感情につながることなく

「指摘されたという事実」として

客観的に捉えられる気もします。

 

 

また、指摘された(叱られたの言い換え)

からといって、

自分がすべて間違っているとか、

すべてそれに従う必要がある

ということではないとも

思っています。

 

 

特に、そのポイントが

考え方や価値観に

関わるものである場合、

 

「あぁ、そういう考え方も

あるのか」

で終わっていい場合も

あると思うのです。

 

 

指摘されてはじめて気づくことって

多いのではないかと思いますし、

 

「叱られた」を

「指摘された」さらには

「指摘してもらった」に変換できたら

 

無駄な落ち込みは

減るのではないかと思いました。

 

 

こうやって物事の解釈、

そこに使う言葉を変えていくと

 

実はネガティブと思うことでも

自分で勝手にネガティブに

しているだけ、

ということが見つかるかもしれません。

 

 

目の前に起こる出来事に対して、

 

「よかったカルタ」の

「尊敬されている人に

叱られてよかった」のように

 

そもそもポジティブな出来事だから

わざわざ「よかった」を探す必要はない

 

という状態を目指して、

解釈=使う言葉を

選んでいきたいと思います。

 

 

 

【今日のまとめ】

 

「尊敬している人に

叱られてよかった」

 

のように、

一見ネガティブに思える出来事も

 

叱られる

=改善点を指摘してもらった

=改善できると期待されている

 

しかも、

尊敬している人から期待されている

 

のように解釈を変えると、

 

ネガティブなことから

よかったを探すことを超え、

 

この出来事自体が

ポジティブな出来事に

変わっていく。

 

 

ネガティブだと思っている出来事を

自分がどう解釈しているのか、

どういう言葉を使っているのかを

検証して、

 

自分で勝手に

ネガティブな出来事に

してしまっていることを

 

ポジティブな出来事に

変えていきたい。