「世界にはきみ以外には誰も歩むことのできない唯一の道がある。その道はどこに行き着くのか、と問うてはならない、ひたすら進め。」(ニーチェ)
日頃美術書には縁遠く、美術への関心薄い私ですが、珍しくこのたび美術書を手に取りました。
辻惟雄著「奇想の系譜」(小学館、2019年)
きっかけは現在京都で作品展が開催されている美術家村上隆のインタビューをラジオで聞いたこと。
NHKのラジオ深夜便で2日に渡って放送されていました。
村上隆についてはポップアーティストというのか、単に世間受けしている人気美術家、といった印象を私は持っていたのですが、本人の口から語られる言葉を聞いてだいぶ印象が変わりました。
現在62歳、それ程の歳でもないのに何度か死を口にしながらの語り、あちこちからの非難、批判を受けながらも自分は岡倉天心以降の日本画の正当な継承者だとの自負、更には提唱するスーパーフラットという発想の深さには興味覚えました。
そんなインタビューの中で何度か言及されたのが師匠辻惟雄の名前、かなり辻惟雄には影響されてるらしく、そんなことから辻惟雄の著作を読んでみたくなったのです。
この「奇想の系譜」という本、初版(美術出版社)は1970年で、部数はわずか2000部だったとか。
しかし江戸時代の絵画史に転回点をもたらすような強烈な影響力を持ったようで、文庫本など何度か版を変えながら2019年に出たのがこの本書、カラー図版がふんだんに盛り込まれ豪華で読みやすい本になっています。
取り上げられているのは、岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、曾我蕭白、長沢芦雪、歌川国芳の6名。
いずれも1970年の出版当時は日本美術史の傍流にあり、世間からは忘れられたような存在だったようです。
そのような、当時は影の薄かった画家たちに光を当て、その価値を掘り起こしたのが本書。
この大型本に接してみて、伊藤若冲、岩佐又兵衛などの絢爛たる絵画群には思わず息を飲んでしまうほど。
私が初めて伊藤若冲を知ったのは1990年頃、梅原猛の著作を通してで、こんな画家がいたのかといった印象でした。
今では展覧会をやれば大行列が出来るらしい若冲ですが、現在の若冲ブームの起点となったのがこの「奇想の系譜」と言えるのでしょう。
それにしても本書の元になったのは1969年に雑誌「美術手帖」に連載された論稿。
まさにあの激動の1960年代末、疾風怒濤のあの時代こそがこの本を産み落としたとも言えるのではないか。
ぺりかん社版あとがきによれば、「安全無害に消毒された江戸時代絵画史をスリリングにしよう」と企図したこの「奇想の系譜」、この書が数十年かけての文化革命をもたらし、異端の画家達を表舞台に引き出したと言えるかと思います。
ちょうど1960年代にボブ・ディランが音楽の世界に革命をもたらし、50年かけてノーベル文学賞受賞という形で世間に受容されたように。