こんにちは~
この間の グッド・ナース の時も書いたのですが、いつも見させてもらっている YT動画 で「白い巨塔」のことを詳しく取り上げていて、たまたま再放送していた2003年版唐沢寿明主演の「白い巨塔」を何度か見られるときに見ていたこともあって、興味を持っていたら、偶然にも BSプレミアム で放送していたので、録画して見ましたが、まったく古さを感じることもなく、面白かったです
白い巨塔 IMDb (画像はここより)
白い巨塔
ネタバレがありますので、イヤは人は読まないでくださいまた、役者さんは敬称略させてもらっています。ご了承ください。
田宮二郎主演
とにかく亡くなられた時は、本当にショッキングでした。
役者としての 田宮二郎 さんを知るにはわたしはまだ子どもすぎたのですが、当時のクイズ番組「タイムショック」の司会をされていて、知っていて、亡くなられた時も亡くなり方も知っていました。
ですが、なぜはっきり覚えているかと言えば、当時父親が定期購読していた雑誌の 新春広告 に 見開きカラー で出ておられたからです。
子どもながら、年末に亡くなられ、そして、 お正月 というおめでたい時に、思い出さずにはいられないようにさせる…
しかもこの時は、新春らしく純白のタキシードであった…
そのインパクトとなると、子どもには強烈すぎました。
さらに、今回知ったのが、テレビ版の「白い巨塔」も最終回まであと2回を残しての最期であったということ…
精神を病み、家族はもう仕事をしてほしくない…という中で強硬に主演されたということで、家族はさぞつらかったことだろうと思います。亡くなり方も衝撃的なものでした。
でも、最期まで彼は 役者 であり、 効果的 で 人がいつまでも忘れられないような亡くなり方 を模索していたようにもわたしには思えるのです…
そのようにわたしに今でも忘れられないインパクトを残した役者さんでしたが、一方で彼の出演作品は見たことがありません。ドラマ版「白い巨塔」も未視聴です。
なので、今回 BSプレミアム での映画版の放送に、飛びつきました。
そして、やはりものすごい役者さんだな~と思いました。
当時30歳、ですが、やはり昔の30歳と今の30歳はあまりにも違います。
当時医学部助教授にしては 若すぎる ということで、話題になったそうですが、イヤイヤ今の30歳と違い、重みや風格があります。
今見たら、年齢はまったく気にならず、むしろ後半意識して付足したヒゲはない方が、それらしく見えます。
説得力があり、華があり、ただのイケメンの枠に収まらない感じがとてもいいです。
傲慢だったり、気弱だったり、上に対する態度と下に対する態度の違いや、ホンネと建前の使い分けや…
英雄色を好む…が当たり前の時代、出てくる女性は 正妻 も 当時で言う2号さん も華やかです。
ドラマと違って2時間半という枠に納めなければならないので、端折ったところも多いですが、それでも 濃縮版 という感じで、たっぷり楽しませてもらいました。
医療シーンがあまりにリアルなのも感心しました。
白黒なので、しっかり見られましたが、カラーだと見ていられなかった気がします。
そして、基本的な医療はこの時代とあまり変わっていないのだな~と…今では便利でコンパクトな装置については、昔もあるにはあったんだな~と…
この頃の治療をもとにどんどん発展していったのだろう…というのが、素人で患者の立場しか経験のないわたしでもよくわかりました。
ひとつ、現代と決定的に違うのが 喫煙 です
医者 にもかかわらず、どこでもスパスパ…
特に 偉い医者 ほど、葉巻などタバコも高級そうで、今では考えられませんよね。
この映画が製作されたのは 昭和41年 。
原作小説もまだ第2部が書かれる前ということで、映画も第1部で終わっています。
できたなら、第2部も見たかったです…
それが無理なので、できたら ドラマ版 を見たいです
昭和41年という時代
映画自体もとても面白かったのですが、今見て面白いのが 昭和41年という時代。
この時代の大阪がとても興味深いです。
大阪梅田の当時の国鉄大阪駅から中央郵便局付近、今とは環状線以外全然違いますが、当時人の多さがすごいです
さらに、淀屋橋周辺?川べりを歩く 里見助教授 と 東教授の娘さん の場面は、すでに完成された大都市大阪を感じました。
そして、訴訟の原告となる患者が住んでいる&商売をしているのが 大阪船場丼池商店街
多分地元民しか読めない漢字ですよね
今、どうなっているのかを調べました。
さらに、 里見助教授 が住んでいる 職員寮 が大阪城の近く
まだ、環状線に大阪城公園駅のない時代です。
里見助教授宅 から 大阪城がめっちゃ近すぎてその距離感に笑いましたが、建物までは本当にロケ地だったと思います。
当時は、大阪城のあんな近くに団地があったのでしょうか❓興味があります。
また、東京や金沢にも出かけて撮影していて、結構お金もかかっているように思います。
金沢駅も今の凝ったデザインとは違いますが、しっかりとしたビルで、駅前のタクシー乗り場も立派でした。
昭和41年は大阪万博はまだですが、東京オリンピックは終えていて、高度経済成長時代。
金沢という地方でも、すごく発展していました。
戦後20年での日本の立ち直りの速さを感じます。
戦後20年なので、演じる俳優さんもみなさんほとんどが戦前生まれです。
わたしが存じ上げている役者さんも多かったです。
田宮二郎演じる 財前助教授 に対し、敵対心を感じ、後釜に別の大学の医者を持ってこようとする 東教授 に 東野英治郎 わたしが知っている 東野英治郎 は「水戸黄門」で、好々爺のイメージでしたが、この映画では、かなり狡猾で裏表のある役がピッタリはまっていました。
そして、あまりに 正しすぎる がゆえに 財前助教授 にとって、難敵となる 里見助教授 に 田村高廣
これまた、ピッタリでした。田村正和さんのお兄さんという印象を持たれがちですが、とてもすばらしい俳優さんですよね。
もう一人、派閥に流されない 病理学教授 に 加藤嘉
この方もやはり いい味 出してます
女性陣も 財前助教授 の 愛人役 の 小川真由美さん、 東教授の娘役の 藤村志保さん と二人とも存在感があってよかったです。
ですが、映画だと、二人がどのように事件に影響を与えたのか、また、教授夫人を頂点とする奥様方のサロンでのバチバチの関係までは描く時間がなくて、残念でした。
さらに、病院での看護師や看護師長、料亭の女将やバーのママ、などなど、女性がどのようにかかわって来たのか…も映画では時間の関係で描かれていません。
できたら、見たかったです。
医療という世界
この映画の面白みはもちろん、象牙の塔である 大学病院 での 教授選 と 医療裁判 とが絡み合ったことだと思うのですが、驚きは昭和41年にすでに 医療裁判 が社会問題になっていたんですね
わたしの印象では、 医療裁判 は平成ぐらいから聞かれるようになった印象だったのですが、 昭和41年 で、すでに社会問題になっていたというのが驚きでした。
ですが、大学病院での教授選出問題は、当時だと さもありなん という印象です。
実家の後ろ盾のない 財前五郎 が、一流大学病院の教授になるには…というのが、あまりにも 露骨 で リアル に描かれていて、どこまでが本気で、どこからがエンタメなのか、今もわからないままで、だからこそ、素晴らしい作品だし、何度もリメイクされる理由なのだろうな~と思いました。
その世界の本当のことは、その世界にしかわかりません。
今また2020年代の 白い巨塔 を見てみたいな…と思います。