遺書?
駅でパニックになった日、わたしはノートにみんなにあててメッセージを書き残していました。
遺書のようなつもりだったのだと思います。
ちなみに、わたしはもともとポエム成分はまったくなく、正気であれば絶対に書かないような言葉をつづっています。
母へ
お母さんありがとう
生んでくれてありがとう
育ててくれてありがとう
お母さん大好き
お母さんを傷つけることをしてごめんね
お母さんに会いたい
お母さんのご飯おいしかった
わたしを嫌いにならないでください
父へ
お父さんに会いたかったな
話を聞いてもらいたかった
夫へ
昔みたいに何も考えずにただ楽しいテレビを見て
美味しいお酒を飲みたいね
〇〇(旦那の名前)に会えてわたしは幸せだったけど
〇〇を不幸にしてごめんね
息子へ
お母さんに余裕がなくてごめんね
お母さんとは別の人生を歩んでね お母さんのように「嘘」をつかないように
まわりの人を大事にしてね
昨年までのお母さんのことをおぼえていてください
これからは別の人と思ってください
普通と普通じゃないの境目
このあとうつ病が回復し始めてから、うつ病に関する本をたくさん読みましたが、「うつ病患者と芸術家は紙一重」とか、「普通と普通じゃない人の境目で詩が生まれる」という説をみかけました。
そういえば、三島、太宰、芥川などはみな苦しんで最後は自死を選んでいます。
この日わたしは、以下の言葉もノートに書き残しています。
2025年9月25日
毎日みる外の景色がこの世の終わりに見えます
わたしの保身のための嘘が多くの人に迷惑をかけつづけます
何事も自分で判断することができなくなりました
病気はいつか消えるのでしょうか
自然は再生されるのか
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