いったいどこまでが現実なんだろう? そしてどこからが
妄想なのだろう?
講談社文庫 村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス(下)』
292ページ
TALKING HEADS
この小説の舞台となった1983年の春、TALKING HEADSはアル
バム“Remain In Light”を出していて、まだ“Speaking
In Tongues”をリリースするちょっと前だったはずだ。
“Remain In Light”の中の重要な曲“Once In A Lifetime”
は次のような歌詞が含まれる。
You may find yourself living in a shotgun shack
You may find yourself in another part of the world
You may find yourself behind the wheel of a large automobile
You may find yourself in a beautiful house, with a beautiful wife
You may ask yourself: well... how did I get here?
You may ask yourself
How do I work this?
You may ask yourself
Where is that large automobile?
You may tell yourself
This is not my beautiful house!
You may tell yourself
This is not my beautiful wife!
You may ask yourself
What is that beautiful house?
You may ask yourself
Where does that highway lead to?
You may ask yourself
Am I right?... Am I wrong?
You may say to yourself
My God!... what have I done?
現実認識→現実の否定→混乱
この歌は『ダンス・ダンス・ダンス』を読み解くキーである
ように、私は思う。特に、『エレガントな宇宙』という本
にも引用されていた、最後のシャウトの部分、
You may ask yourself
Am I right?... Am I wrong?
You may say to yourself
My God!... what have I done?
はキキの「どうしたっていうのよ?」に繋がっている。
キキが「僕」を呼び寄せたハワイのビルの一室、そこにあ
った6体の骨。キキもまた、羊男と同じで誰かの影なのだ。
それは五反田くんの影のようでもある。
ユキはこちらの世界で羊男と同じ役割を果たす。解決の糸
口のようなものはみんな彼女が、特殊な力で教えてくれる。
ユキと一緒にいることで、知らないうちに「僕」は混乱し
ていくのだ。ユキの「馬鹿みたい!」はただの言葉ではな
い。「僕」の心の奥底に巧みに忍び込み、混乱を誘いなが
ら、解決に導く役割を果たす。何が問題で、何がどうなっ
ているのかわからないまま。
「無力感」と彼女は言った。「何かすごく大きなものに振
り回されていて、自分が何をしてもどうにもならない気分」
「そうかもしれない」
「そういう時には大人はお酒を飲むのよ」
「正論だ」と僕は言った。
(140ページ)
「僕の住んでいるのはそういう世界なんだ。港区と欧州車
とロレックスを手に入れれば一流だと思われる。下らない
ことだ。何の意味もない。要するにね、僕の言いたいのは、
必要というものはそういう風にして人為的に作り出される
ということだ。自然に生まれるものではない。でっちあげ
らあれるんだよ。誰も必要としていないものが、必要なも
のとしての幻想を与えられるんだ。簡単だよ。情報をどん
どん作っていきゃあいいんだ。住むなら港区です。車なら
BMWです。時計ならロレックスです、ってね。
(173ページ)
大人たちが混乱していくのに、ユキが冷静でいられるのは
なぜだろう。ユキは「僕」が小馬鹿にした高度資本主義社
会の産物で生きているような子ではなかったか。
善も悪もわからなくなる社会。そんなものは、今も昔も変
わらずにある物なのではないだろうか。昔といっても60年
代とかそんな最近のことではない。もっともっと昔のこと
だ。ユキはそれがわかっているのだ。彼女はこっちの世界
とあっちの世界に繋がっている存在なのだ。
「いったいどこまでが現実なんだろう? そしてどこから
が妄想なのだろう? どこまでが真実なんだろう? そし
てどこからが演技なんだろう? 僕はそれが認識したかった。
(292ページ)
173ページの言葉も292ページの言葉も、残酷なこちらの世
界の犠牲者である五反田くんの言葉である。そして、いつ
も私はこの本を読む度にドキリとさせられる言葉でもある。
You may ask yourself
Am I right?... Am I wrong?
You may say to yourself
My God!... what have I done?
私は正しいのか? 間違えているのか?
いったいなんてことをしちまったんだ?
「・・・僕は今に女房を殺すかもしれない。コントロールで
きない。それはここの世界で起こっていることじゃないか
らだ。僕にはどうしようもないんだ。遺伝子に刻み込まれ
ているんだよ、はっきりと」
「きみは深刻に考えすぎる」と僕は無理に微笑んで言った。
「遺伝子まで遡って考え始めると、もうどこにも行けないよ。・・・
(298ページ)
唐突にでてくる「遺伝子」という言葉。五反田くんが「こ
この世界ではない世界」と言っているのは遺伝子が支配し
ている世界なのだ。それは村上春樹が『世界の終わりとハ
ードボイルド・ワンダーランド』の中で描いた、うすら寒い
「世界の終わり」の世界だ。
TALKING HEADSの1983年夏にリリースされたアルバム“Speaking
In Tongues”にこれまた重要な曲、“This Must Be The Place”
という曲がある。アルバムのラストに収められている。
これはわたしの勝手な感傷だが、最後のユミヨシさんとの
ラストシーン(このラストシーンで読者は救われる)で、
私はこの曲を思い出す。
Home is where I want to be
But I guess I'm already there
I come home - she lifted up her wings
Guess that this must be the place
I can't tell one from another
Did I find you, or you find me?
There was a time before we were born
If someone asks, this where I'll be, where I'll be
ダンス・ダンス・ダンス(下) (講談社文庫)/村上 春樹

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妄想なのだろう?
講談社文庫 村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス(下)』
292ページ
TALKING HEADS
この小説の舞台となった1983年の春、TALKING HEADSはアル
バム“Remain In Light”を出していて、まだ“Speaking
In Tongues”をリリースするちょっと前だったはずだ。
“Remain In Light”の中の重要な曲“Once In A Lifetime”
は次のような歌詞が含まれる。
You may find yourself living in a shotgun shack
You may find yourself in another part of the world
You may find yourself behind the wheel of a large automobile
You may find yourself in a beautiful house, with a beautiful wife
You may ask yourself: well... how did I get here?
You may ask yourself
How do I work this?
You may ask yourself
Where is that large automobile?
You may tell yourself
This is not my beautiful house!
You may tell yourself
This is not my beautiful wife!
You may ask yourself
What is that beautiful house?
You may ask yourself
Where does that highway lead to?
You may ask yourself
Am I right?... Am I wrong?
You may say to yourself
My God!... what have I done?
現実認識→現実の否定→混乱
この歌は『ダンス・ダンス・ダンス』を読み解くキーである
ように、私は思う。特に、『エレガントな宇宙』という本
にも引用されていた、最後のシャウトの部分、
You may ask yourself
Am I right?... Am I wrong?
You may say to yourself
My God!... what have I done?
はキキの「どうしたっていうのよ?」に繋がっている。
キキが「僕」を呼び寄せたハワイのビルの一室、そこにあ
った6体の骨。キキもまた、羊男と同じで誰かの影なのだ。
それは五反田くんの影のようでもある。
ユキはこちらの世界で羊男と同じ役割を果たす。解決の糸
口のようなものはみんな彼女が、特殊な力で教えてくれる。
ユキと一緒にいることで、知らないうちに「僕」は混乱し
ていくのだ。ユキの「馬鹿みたい!」はただの言葉ではな
い。「僕」の心の奥底に巧みに忍び込み、混乱を誘いなが
ら、解決に導く役割を果たす。何が問題で、何がどうなっ
ているのかわからないまま。
「無力感」と彼女は言った。「何かすごく大きなものに振
り回されていて、自分が何をしてもどうにもならない気分」
「そうかもしれない」
「そういう時には大人はお酒を飲むのよ」
「正論だ」と僕は言った。
(140ページ)
「僕の住んでいるのはそういう世界なんだ。港区と欧州車
とロレックスを手に入れれば一流だと思われる。下らない
ことだ。何の意味もない。要するにね、僕の言いたいのは、
必要というものはそういう風にして人為的に作り出される
ということだ。自然に生まれるものではない。でっちあげ
らあれるんだよ。誰も必要としていないものが、必要なも
のとしての幻想を与えられるんだ。簡単だよ。情報をどん
どん作っていきゃあいいんだ。住むなら港区です。車なら
BMWです。時計ならロレックスです、ってね。
(173ページ)
大人たちが混乱していくのに、ユキが冷静でいられるのは
なぜだろう。ユキは「僕」が小馬鹿にした高度資本主義社
会の産物で生きているような子ではなかったか。
善も悪もわからなくなる社会。そんなものは、今も昔も変
わらずにある物なのではないだろうか。昔といっても60年
代とかそんな最近のことではない。もっともっと昔のこと
だ。ユキはそれがわかっているのだ。彼女はこっちの世界
とあっちの世界に繋がっている存在なのだ。
「いったいどこまでが現実なんだろう? そしてどこから
が妄想なのだろう? どこまでが真実なんだろう? そし
てどこからが演技なんだろう? 僕はそれが認識したかった。
(292ページ)
173ページの言葉も292ページの言葉も、残酷なこちらの世
界の犠牲者である五反田くんの言葉である。そして、いつ
も私はこの本を読む度にドキリとさせられる言葉でもある。
You may ask yourself
Am I right?... Am I wrong?
You may say to yourself
My God!... what have I done?
私は正しいのか? 間違えているのか?
いったいなんてことをしちまったんだ?
「・・・僕は今に女房を殺すかもしれない。コントロールで
きない。それはここの世界で起こっていることじゃないか
らだ。僕にはどうしようもないんだ。遺伝子に刻み込まれ
ているんだよ、はっきりと」
「きみは深刻に考えすぎる」と僕は無理に微笑んで言った。
「遺伝子まで遡って考え始めると、もうどこにも行けないよ。・・・
(298ページ)
唐突にでてくる「遺伝子」という言葉。五反田くんが「こ
この世界ではない世界」と言っているのは遺伝子が支配し
ている世界なのだ。それは村上春樹が『世界の終わりとハ
ードボイルド・ワンダーランド』の中で描いた、うすら寒い
「世界の終わり」の世界だ。
TALKING HEADSの1983年夏にリリースされたアルバム“Speaking
In Tongues”にこれまた重要な曲、“This Must Be The Place”
という曲がある。アルバムのラストに収められている。
これはわたしの勝手な感傷だが、最後のユミヨシさんとの
ラストシーン(このラストシーンで読者は救われる)で、
私はこの曲を思い出す。
Home is where I want to be
But I guess I'm already there
I come home - she lifted up her wings
Guess that this must be the place
I can't tell one from another
Did I find you, or you find me?
There was a time before we were born
If someone asks, this where I'll be, where I'll be
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