単なる自己増殖機械にすぎなかった初期の生命は、やがて本当に生
きることになるのである。

集英社新書 橋元淳一郎『時間はどこで生まれるのか』126ページ

橋元淳一郎さんは1947年大阪府の生まれ。有名な物理学者であるが、
この本を読む限り単に物理学として「時間」という得体の知れない
ものをとらえるのではなく、マクロ化して生きるという自由意思を
持ったものが時間を生み出すという、考え方は独創的で哲学的であ
る。実際にカント、ハイデガー、ニーチェから仏教精神に至るまで
幅広い哲学的思考を物理学に応用している。ゆえにきわめて独創的
である。

橋元さんは懸命にやさしく書こうと試みているものの、その分だけ
やはり難解である。この種のものをやさしく書くことは実に難しい
ことなのだと感じる。

その量子状態というものの中身には、われわれが常識的に実在して
いると思っている時間や空間、あるいはエネルギーや運動量(速度)
という実態がないと言うことなのである。時間をはじめとするそれ
らのお馴染みの物理量は、その系がマクロな観測装置と相互作用す
る過程においてのみ出現してくるのである。
(68ページ)


ここの部分はこの本の前提となる部分である。
量子や原子、分子といったミクロの領域には時間というものが存在
しない。色や温度という概念も存在しない。マクロとして観測でき
るレベルになって、さまざまな相互作用によって時間や温度や色は
生まれてくるものである。これがこの本が示した時間等の概念であ
る。私は今までこんな物理学の書を読んだことがなかった。

橋元さんは時間の不可逆性(常に未来に進み過去には戻らないこと)
は絶対ではないこと、それは「エントロピーは常に拡大する」とさ
れる、通常「エントロピーの法則」と呼ばれることと同じに理解で
きるとする。

そのうえで橋元さんはエントロピーの拡大という無秩序かを妨げる
ものとして、「生きる」という「生命の秩序を維持する」という意
思に注目するのである。これはエントロピー拡大への反撃であると。

われわれは、なぜ秩序に価値を見出すのか。その答えは明らかである。
それはわれわれが生命だからである。生命こそが秩序そのものであ
り、秩序なくしては存在し得ないものなのだから。
(117ページ)


生命が生命であるかぎり、感覚器官などをもたない単細胞生物であ
っても、生きる「意思」を持っている。後でも述べるが、「意思」
は進化の過程の中から生まれてきたものである。(中略)生命は自
動機械ではない。最初はそうであったのかもしれないが、自然選択
の圧力が、機械から自由意思を持つ存在へと、生命を進化させたの
である。
そうして、時間の向きや流れもまた、この進化の過程の中から生ま
れたに違いないのである。
(119ページ)


エントロピーの拡大によって勝手に無秩序になったら生命を維持で
きないのであるから、これに対抗する手段として、時間そのものを
作り出したのだ、ということである。

正直にいうと、本当に橋元さんの述べていることを理解できたかは
とっても心許ない。たぶんわかっていないだろう。でも、全く今ま
での発想と異なることが書いてあるのに衝撃を受けたし面白かった。

「時間は実数で、空間は虚数」(30ページ参照)なんて、考えもし
なかった。通常は3次元の空間軸に時間軸が「添えられている」程
度にしか考えていなかったのであるから。

前半の時間と空間の考え方の部分だけでもこの本は読む価値があっ
た。おそらくそう感じるのは私だけではないと思う。「時間」とい
う得体の知れないが果てしない魅力を感じるものに、興味がある人
は読んでみて欲しいと思う。

時間はどこで生まれるのか (集英社新書)/橋元 淳一郎

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