まあそれはともかく、『メガネブ!』の映像的な特徴の一つに、極端に彩度を上げたカラフルな(ちょっと目に悪い?)色彩設計があります。最終回の後、なんで『メガネブ!』の絵面はあんなに色がどぎついのかについて、最終回のラストで明かされたある設定を踏まえながら考察している人がいて、なるほどなぁと感心しながら読んでいたのですが、そうした考察を抜きにしてもやはり『メガネブ!』の色合いは独特です。
その中でも個人的に特に印象に残っているのは、時々背景に現れる夜空の、過剰なまでのきらびやかさです。多数の星がきらめき、月が十字の光芒を放ち、田んぼに張られた水にまで星空がくっきり鮮やかに映し出され、ほとんど『ガンダムSEED』あたりの宇宙空間描写と見紛うばかりの非現実的で幻想的な夜空が、『メガネブ!』の世界の夜を支配しています。ただ、さすがにそこまではいかなくとも、とにかく空気が澄んでいて、かつ乾燥して空気中の水蒸気が非常に少なくなる田舎の冬空では、驚くほど多数の星が見えることがあります。私もだいぶ前に、多数の星で天が埋め尽くされているかのような星空を一度見たことがあり、数えるほどしか星が見えない関東の夜空に慣れた私の目にはちょっと気味悪く感じられたほどです。この作品の夜景を見ていてふと思ったのが、いま多感な十代前半から中盤を過ごしながら『メガネブ!』を楽しんで見ていた人の中には、この作中の景色がずっと心象風景として心に残り続ける人もいるんじゃないかな、ということでした。別に夜景のシーンじゃなくてもいいのですが、私自身の経験として、ずっと小さい頃にあるテレビ番組で見た夜景が、その後も原風景のように心に宿り続けたことがあるので、きっと『メガネブ!』でもそれと同じような感慨を抱く人がいたかもしれないな、と。最近では『魔法少女まどか☆マギカ』の最終回で、まどかの存在しない(“概念”化した後の)世界を彩る見滝原の夜景をほむらが見下ろしているシーンでも、やはり同じことを考えていました。
『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』(以下「種デス」)第1話では、オーブ代表首長となったカガリ・ユラ・アスハの随員として、アレックス・ディノという偽名でプラントのコロニー「アーモリー・ワン」を訪れたアスラン・ザラが、コロニー内の光景を俯瞰するシーンがあります。